雑記帳

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ネットアイドルだった鈴木純の命日~南条あやによせて~

 

 どうしても書きたくなったから勢いで書く。

 

 3月30日は南条あやの命日。

 南条あやはネット黎明期に現れたネットアイドルである。自らを「いつでもどこでもリストカッター」とし、日常を明るくインターネットサイトに綴った日記は人気を博した。そんな彼女は口癖が「卒業式まで死にません」だったという。実際、彼女は卒業式の数週間後、カラオケボックスで自殺を図った。しかしこの自殺は直前に行ったODによるものではなく、日常的に繰り返してきた自傷行為により、心臓の弁に穴が空いていたことが死因につながった。

 彼女の死後、インターネット上に発表された日記をまとめた本『卒業式まで死にません』が出版された。

 

南条あや - Wikipedia

 

 私は南条あやの日記をずっと持ち歩いていた。精神科への通院はしなかったけど、ただひたすらに南条あやに心酔した高校時代だったと思う。初めて存在を知ったのはちょうど3年前、中学と高校の境にある春休みだった。アーカイブサイトを見つけてからは、一日で日記の全てを読んだ。思えば、今や大好きなCoccoの存在を知ったのも南条あや経由だった。南条あやが生きていた90年代の世紀末感にはどこか憧れるし、私は彼女を入り口に夭折した少年少女の日記を日記を集めてる。

 

 南条あやの何がそんなに私を惹きつけたのか。それは南条あやの後ろに居続けていた鈴木純の存在なんだと思う。

 南条あや、という名前はネットアイドルとして売り出すためのペンネームに過ぎない。彼女の本名は鈴木純という。鈴木純は南条あやの明るい日記の底にいつでも存在していた。

 

 いや、そもそも南条あやの日記はポップに見えるだけで決して明るくない。文字色を変化させたり、自らにツッコミを入れたり、彼女の日記のテンポがあまりに良いから勘違いしてしまうだけだ。自分が自傷行為を止められないこと、精神科でのやりとり、父親との軋轢。その全てを笑い飛ばすように文章を書いていたけれど、そこには自分自身のことさえも笑い飛ばすしかない鈴木純の苦悩があったようにも思える。そして、そんな自分のことをまたどこかで嘲笑してたのではないか。

 

 だって、彼女が死ぬ直前に彼氏に送った詩にはこうある。

誰も私の名前を呼ばなくなることが

私の最後の望み 

  

 日常を細かく記していた南条あや。ネット上に発表された日記には、彼氏のことなんて書かれていない。ただ「Aちゃん」としてボカしているだけだ。しかも、Aちゃんは美女と描写している。それだけでも分かる。南条あやと鈴木純は決してイコールではない。インターネット上にファンクラブがあり、卒業式にはテレビ取材も受けていた南条あや。病んでいること、そして女子高生であることこそに価値があると思っていた鈴木純にとって、南条あやの名前はあまりに重かったのかもしれない。

 

 一読しただけでは明るい文体につい見逃してしまいそうになる、鈴木純の存在。しかし、たまにこぼしてしまっている弱音や溜息に気付いた時、私はもうこの日記の虜になっていた。傲慢なことだと思うけど私はその時から、彼女の無理な明るさも溜息も知りたいと思った。そしてその上で、南条あやと鈴木純に寄り添いたいと思ったのだ。

 

 でも、実際は私が南条あや・鈴木純に寄り添われていた。手首を切らなちゃやってられないくらいの感性をもった鈴木純が書いた南条あやの文章は、それだけのパワーがあったからだ。そのパワーにはいい意味だけではなく、悪い意味でも大きく影響を受けた。『卒業式まで死にません』なんて題名の文庫本を持ち歩いている高校生なんて、多分すごく痛かったと思う。しかも、授業中抜けだしてCoccoを聴きながら南条あやを読んでいた。

 

 自分に嘲笑を向けるなんて日常茶飯事だ。この世の全てが大嫌いだったこともあるけど、何より一番自分のことが憎かった。多分、自分のことをもう傷つけられないと思うくらいに傷つけた。

 だからこそ、鈴木純に本当の意味でシンパシーを感じていた。逆説的だけど勝手にシンパシーを抱いて、南条あやの姿から自分の弱さを笑う術を教えてもらった。南条あやが大好きだった。さらにいうなら、それだけで南条あやにも愛されているような気がしていた。それに南条あやが大好きで、その底に鈴木純を見ている自分が何より好きだった。

 

 でも、南条あやはもう居ない。そして鈴木純も。どんなに南条あやを神聖化しても、彼女が故人であることは間違いない。南条あやと鈴木純は決してイコールでないけれど、南条あやの命日は同時に鈴木純の命日だ。

 

 私は先日高校を卒業した。鈴木純が迎えることのなかった18歳の3月31日を迎えた。希望の大学に進学も決まり、この春は希望の春だ。彼女の命日だった昨日一日、死にたいなんて一瞬たりとも思わなかったし、私はこれからも生き続けるだろう。いつの日か30までには死にたいなんて会話を友達としてたけど、多分30を過ぎてものうのうと生きてると思う。そしてオバサンになって「ああ今自殺しても決して美しくない年になったなぁ」って思うだろう。思いやがれ。

 でも、同時に私は南条あやのことも、その底にいた鈴木純のことも、彼女に心酔した高校時代のことも、忘れたくない。

 鈴木純は、南条あやとして、ネットアイドルとして、生きてしまったばっかりに死を選ぶことになった。自傷行為を止めようと思う度、「私の病状が悪化したほうが読者の皆様が喜ぶ」なんていう計算があったのは間違いない。そのようなツッコミも多く見られたし。セーラー服を好み、女子校生であることに一番固執していたのは彼女自身だ。彼女が迎えることのなかった3月31日は彼女が女子高生で居られる最後の日だった。

 しかし、そのネットアイドル南条あやは今もきっと生き続けているのだと思う。「忘れたくない」なんて私一人が言うよりずっと大きな形で。

 


【初音ミク】 南条あやになれなくて 【鬱曲】

 


アーバンギャルド - 平成死亡遊戯 URBANGARDE - HEISEI SHIBOU YUGI

 南条あやのことをモデルにした曲は今も出続けている。彼女の全てを分かるなんて誰にもできないことだけど、みんな彼女の無理した笑いもそこにあるどうしようもない悲しさも全部分かっていたんだと思う。そして、そのうえで彼女を愛している。そんな人が今も大勢いるからこうした曲が出るんだ。

 

 南条あや、やっぱり今でもどっかで惹かれる。