雑記帳

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ラオス研修 5日目 体育館からルアンパバーンへ

ラオス研修5日目 体育館からルアンパバーンへ2013.07.27

派遣国:ラオス 

 

 

ラオス研修5日目 体育館からルアンパバーン
 
 

 サヤブリ県病院を抜けた後には、またしても日本人が活動しているという体育館に行きました。そこでは、日本人のコーチと同年代の女の子達がバレーボールに打ち込む姿がありました。子供開発センター、サヤブリ県病院、体育館、そこで働く3人の日本人の姿を見て思ったことがあります。私は今まで「国際協力」と聞くと、何だか難しいイメージを持っていました。でも、そうではないかもしれません。私にもできる、私にしかできない国際協力がきっとあるはずです。それを自分なりの形で果たせていけたら素晴らしいのではないでしょうか。私は、日本の文化や歴史が大好きです。自分の生まれ育った国や地域に誇りを持っています。だから、それを伝える仕事に憧れさえも感じます。私は将来、文字を通じて日本の文化や歴史を伝えてる人になりたい。それも一つの国際協力の形ではないでしょうか。

 

 

 

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 サヤブリを出ると、また険しい道が待っていました。どこまでも続く同じ風景とでこぼこ道にゆれ続ける車体。とてものどかです。このラオスののどかさ、これがまた心地よいのです。車に乗ったまま、メコン川を渡りました。どこまでも続く川はゆったりとした流れでした。私は、身を任せて流れてみたいと願いました。日本にはないこの景色、この目に映る一瞬一瞬が美しいとしか形容できません。でも、また思います。貧しいとはどのようなことなのかと。途中休憩で立ち寄ったトイレは日本のような水洗ではありませんでした。トイレットペーパーも当たり前のようにありません。正直、汚いとも怖いとも感じました。これが貧しさなのでしょうか?分かりません。テレビはありました。スマホを持っている人もいます。でも、この国は貧しいといわれ続ける。データ的に見たときは納得したこの国の姿がまた、見えなくなっています。少し見えたと思ったら、また消えるこの繰り返しが国際理解の難しさだと思います。