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きのこのこのこのこ

最近大学生になりました。南の島から東路の果てへお引越し

歴史レポートを書いてみる②

雑記 ラオス研修

 

 

尚巴志について - きのこのこののこのこ

の続き

 

 時間が限られたなかでどこまでレポートを書けるか分からないけど、やれるだけやってみようと思った。

 

 夏休みの課題もほぼ終わっているし、たとえ失敗しても私が失うものは何もない!

 

 尚巴志のついてのレポート作成メモをブログとして残しておこうと思う。

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写真は尚巴志王の住居跡である「つきしろの宮」からの景色

 

 大テーマ「尚巴志について」

 尚巴志琉球統一の王。琉球王国は中継貿易で栄えた。琉球王国時代の遺跡である首里城斎場御嶽世界遺産にも認定され、観光スポットとしても人気を集めている。しかし、琉球王国時代の王としてスポットを浴びるのはいつも第2尚氏ばかり。

琉球史最大の英雄である尚巴志については分からないことばかりだ。何故、尚巴志はこの南城市佐敷に生まれたのか。また、この田舎でどのように勢力を伸ばしていったのか。佐敷に点在する文化財を追うと共に、尚巴志伝説について追ってみたい。

 

 テーマとしてはこんな感じ?待ってよ、テーマがでかすぎてどこから手をつけていいのか分からない。いつか読んだレポートの書き方本には、テーマはできるだけ小さくと書かれていた。一般的に注目を浴びているのは第2尚氏でも、研究者はちゃんと第1尚氏にも目を向けているだろう。うーん、このまま突き進むことには危険な香りがする。

 

 尚巴志の生まれの地に住んでいるから、テーマが尚巴志というのも安直だ。安直すぎる。よし、これでは戦えない。もっとマニアック路線でいこう!

テーマ変更

大テーマ「土帝君」

 

 

 

 私もよく知らない土帝君。近所にあって、定期的に地区をあげての掃除がある。定期的におばぁ達が拝んでいるらしい。考えてみればみるほど謎だ。謎すぎる。多分、神聖なものかもしれない。でも一体何なのだろうか。

 疑問点その1とぅてぃーくんとはどこの発音だろうか。沖縄方言?中国?

 疑問点その2何故、土帝君は存在する?

 

 さて、自宅にあった『佐敷町の文化財』という本に土帝君の記載があった。引用すると

 1645年に屋比久雲人(ペーチン)が沖縄で初めて中国の思想による土帝君(農業神、地元神)を屋比久ムラに建てた。

中略

本島の島尻地域では旧佐敷町(現南城市)にのみ在る。

 

 土帝君の簡単な説明という感じ。町内紙に私は大きな期待をかけていたようだ。何だかあっさりとした説明でがっくりきた。しかし、これだからやりがいというものが生まれるもんだ。この程度で凹むものか。

 

 疑問点その3 屋比久雲人とは誰?

 疑問点その4 なぜ本島の島尻地区では佐敷にしか見られないのか?佐敷地区では厚い信仰を受けているのに、どうして他町村へ広がらなかった?

 疑問点その5 土帝君には何が祀られている?

 

 疑問点を挙げるとキリがない。

 土帝君についての説明があまりに少ないせいもあるだろう、本当に分からないことだらけだ。このまま疑問点を捻り出してもレポートは進まない気がするので、今日は一旦終わろう。続きはまた明日。

 

 明日の予定

 

 

 田舎の高校生である私が琉大附属図書館に行くのには勇気がいる。でも、知りたい気持ちはホンモノだ。明日はまたレポートが進みますように。