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きのこのこのこのこ

最近大学生になりました。南の島から東路の果てへお引越し

ラオス研修 10日目 意見交換会

ラオス研修 10日目 意見交換会

 

このラオス研修も終盤に差し掛かったこの頃、首都協力隊員との意見交換会がありました。

 話を聞いたのは次の3人。
1、美藤ゆかりさん(保険局配属・産婦人科
2、本間圭さん  (サッカー連盟隊員)
3、杉山智倫さん (ラオス大学工学部配属)


 皆、それぞれの形で国際協力に励む人です。なぜ、協力隊になろうと思ったのですか?どのような点で、喜びを感じましたか?などとたくさんの質問をさせていただきました。その中で考えたことをいくつかまとめていきたいと思います。

 

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 ラオスのよさは「助け合いの精神」にある。そんな話になりました。しかしその反面、ラオス人にはハングリー精神が欠けている面が課題でもあるそうです。10日にわたって考えてきた、ラオスの国民性と精神的な豊かさについて。そのことの核心をつかれた気がしました。


 助け合いの精神は、ラオスの精神的な豊かさをも生んでいると思います。でも、そのせいでハングリー精神が養われずに、データ的な貧しさにつながっているとしたら、今度は精神的な豊かさとはなんであろうかと考えてしまいます。精神的な豊かさとデータで見る豊かさ。その2つには関連性がないようであるのかもしれません。日本を一度顧みたとき、自殺者やいじめ問題などにばかり目がいって精神的に豊かだとは到底思えません。では、ラオスはどうなのでしょうか?
 
 
 ハングリー精神がなくとも、本人はこの現状に満足していようとも、この先がどうなるかは誰にも分かりません。中国の進出やインターネットの発展などいろいろな要素を考えたとき、このままでは更なる最貧国とならざるを得ないでしょう。そのとき、こうなると精神的な豊かさは?どんなに貧しくなっても、それは保たれるものなのでしょうか?ラオスの国民の幸せの基準自体が違うのだから、関係ないのでしょうか?

 
 国民性はなおすものではないでしょう。私は、ラオスのことが好きです。だから、ラオスのペースも認めるべきなのでしょう。でも、私はどうしても危機感を感じずにはいられないのです。


 それから、協力隊員自身のこともまとめます。私は国際協力に興味があります。でも、自分の将来像を思い描いたとき、発展途上国に派遣されてそこで仕事することに不安も感じます。

 自分自身の思いが弱いのでしょうか?私がまだ将来を明確に捉えられていないだけなのでしょうか?そんなことは無いと思います。みんな、どこかしら世界には興味を持っているのですから。なら、協力隊の3人は世界で働くことに不安は感じなかったのでしょうか?

 話を聞いていくうちにその答えが少し分かった気がします。3人ともラオス派遣当初はラオスと日本の違いに苦戦していたと言っていました。しかし、今となってはと振り返ると皆「ラオスは好き」と語っていました。ある一人の隊員が言っていました「チャンスはいつ来るか分からない」と。彼の好きな言葉は「ちょっとづつでいい」だそうです。

 国際協力について考えたとき、様々な形があってよいのだと私は学びました。相手のためにも、自分のためにもなる国際協力。その表現は難しいです。でも、私は「ちょっとづつ」でも今の私なりに前進していきたいと思います。

 

 日本に戻ってから、もっと詳しく協力隊員についてまとめてみたいと思います。

 

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