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きのこのこのこのこ

思春期が終わらない

読書記録をどう保存するか

 学校図書館が三年生に対する貸出を終了した。本が借りれなければ、学校へ通う意味の半分は失われたようである。高校三年間お世話になった図書館を去らなければならないということに、そしていつか読もうと思い続けてきた本を読むいつかはもう来ないということに(高校図書館以外で読むのとはまた違うのである)、少しの寂しさを感じながらも、三年分の読書記録を出してもらった。そこで起こる問題が「読書記録をどう保存するか」ということだ。

 

 この話題、実は三年前にも書いていたりする。進歩がないものだ。

kinokonoko.hatenadiary.jp

 

 巷には読書通帳たるものがあるらしい。

www.asahi.com

 

 図書館システムと連携したATM風の専用機に読書通帳を入れると、借りた日や書名、作者名などが印字される仕組みだ。図書の定価も記帳できるため、「金額にしていくら分の本を読んだ」という記録も残せる。*1

  読書記録が手軽に管理できて便利なうえ、すごく楽しそう。羨ましいものである。

 

 また、三年前の記事を書いた時「ブクログ読書メーターが便利」とwebサービスの名前を挙げられたが、どうも使い出したのは最近である。

booklog.jp

 なかなかこのサービスを使うまでに腰が重かったのには、理由がある。読書冊数がグラフで表示され、より多く読むことが推奨されている気がしたのだ。そんなことを言われたって、読んでいる本の文量も内容もまちまちだし、多く読むことを急かされても困る。学校の多読賞てきな違和感があった。見ようによっては自分の読書記録が可視化できるのは素晴らしいことであるし、ただの機能にすぎないから気にしなければいいだけなんだけれども。

 それから、面白くない本は途中でも読むのを諦めてしまうこと、さらにエッセイ、新書、詩集に限ってはつまみ食いのように自分が好きなところから読み進める読書方法がさらに管理の難しさを際立たせた。私は半分以上読んでおきながら挫折する本も多くあるのだ。この微妙に読んだような、読んでないような本を含めた読書記録って大分面倒くさい。そもそも、そういう本ってどう管理すればいいの。

 

 そうして色んなところに目をつぶり、ブクログも始めつつ私は読書ノートもはじめた。もう一切を手書きで、何もかもを管理してやろうと思ったのだった。

 

 

 

 このきったないノートが私の読書ノートである。早々に進路を決め、学校の自習時間全てにおいて暇をしていた私は、一冊につき1,2ページの読書感想文も書くように決めた。

 10月の後半に合格を決め、続いたのは1月の初旬まで。計60冊が記録されているけれど、その多くは11月末に高校の授業が全て終わり、多くの授業が自習になってからの1ヶ月間に書かれている。

 

 

 ノートの書き方は特に決めてなく、一番ノーマルな書き方として、上に読了日・題名・作者名を記し、下に引用・感想を書いているパターンがある。

 

 この本は『僕たちのマルクス』私にはマルクスブームが年に一度来るんだよ。

 もちろん誰に見せるわけでもない自分のノート、しかも手書きなのだから、自由度はMAXで上に書いたようなパターンに沿わないこともしばしば。例えばこれ。穂村弘の『短歌ください』の中で気に入った短歌をただひたすら書いている。

 これとか最高。

体育祭君は言ったね泣きながらなんにもしたくなくなっちゃった 

 

 それから、こんなページも。

 『沖縄の事始め・世相史事典』なんていう沖縄の世相史をまとめた事典がものすごく楽しくて、私はまさかの事典を一ページ目から読むという変態みたいなことをしたのだった。しかもそれだけでは飽きたらず、うけるポイントをノートにメモ。

だって、明治29年に握手が始まったって面白くない?明治44年にはイルミネーションだって始まっているし、なかなかハイカラな香りがして素敵だわ。

 

 

 そうやって、日々読書記録をまとめてきたけれど問題があった。これ、継続するには向いていないんだな。そう、続かなかったのだ。

 

 自習時間が程よくある時はまだ良かった。でも、本を読むペースに対してノートを書くペースが追いつかなくなった頃から、さらに言うとセンター試験後自習時間が減り、読書はしてもノートを書くまでの体力が持たなくなってきた頃から、ノートを段々サボりだした。

 自由度の高さは時に怠けを生む。せめてフォーマットが決まっていれば続けやすかったかもしれない、そう思った頃には時遅し。読了後も感想を書かず、本は溜まっていくばかりだった。進研ゼミもそうだけど、人は溜まったものに対してやる気を出せない。

 そうして私は読書ノートをとることをやめた。

 

 その反面、本棚に登録するだけのブクログは比較的続いている。マンガや映画も登録できるし、何より手軽だ。しかし、やはりどうにもしっくりこない。本当だったら、本はデジタルではなくアナログで管理したいのだ。ただのわがままに過ぎないんだけれども、本の感想ってぐだぐだ書きたい。読後の興奮をそのままに陶酔したような文章を書きたいんだ。だから、ただ読了本の管理だけだったら良いけれどもそれ以上はwebサービスでは物足りなく感じる。

 

 そういうことで、現状はほぼ日手帳に本の感想を書き込むだけにとどまっている。読書ノートをまた作っても継続できる自信はない。でも、本を読みっぱなしにしておくのもまたもったいない気がするんだよね。理想は上に書いたような読書通帳かな。それのシール版なら尚良し。

 

 それから、ブクログをはじめる前までに読んだ本も知りたいと思った私。高校1年生、二年生の頃は読書ノートもつけてなかったから、自分がどんな本を読んだかの記憶なんてない。そういうことで、また司書さんにお願いして読書記録を出してもらった。

 しかもそれを前述の読書ノートに貼った。三年前から一切変わっていない己の行動に笑えてくるけれど、それが今できる最善の策のようにも思える。今更全てブクログに登録なんて面倒くさいし、読書ペースだって狂って登録されてしまいそう。

 

 しばらくは試行錯誤の日々が続きそうだ。