きのこのこの雑記帳

どきどき台湾留学2018.9.1~ 沖縄と民俗と言葉と本と

高校の同窓会に行かなかった

 二十歳の記念の同窓会に行かなかった。
 寂しい奴だなとは少しだけ思う。でも同時に、行かないという判断ができたことに対して、自由になったんだとも思う。

 母校を憎んでた。あの3年間は私が生きてきた20年で一番苦しかった3年だったし、自分の人格を全否定されたかの気持ちになっていた。正直、私の生きづらいところとか、クラスメイトは馬鹿にしていたと思う。「素直にセンター試験の勉強しろよ」みたいな。そして、私も彼らのことを心の底から羨ましいと思うと同時に、少し馬鹿にしていた。

 そんな3年間だったから、私は「同窓会なんて行ってやるもんか!!」と思うと考えていた。もしくは、卒業パーティのように何だかんだ流されるままに参加するのかと。でも、実際に成人パーティの知らせが来た時、私はどっちの感情も沸かなかった。

 別に会いたい人も会いたくない人もいなければ、参加してもしなくても良い。だって、会いたい友達とは帰省の度に会っているし。恩師がパーティに来るなら会いたい気もしなくもないけれど、私は大人数で先生を囲んだとき、何かを話せるタイプじゃない。やっぱり折に触れて手紙を送る方が性にあっている。

 そもそも、卒業してたった2年で、何がそんなに変わると言うのか。大学別でおしゃべりしてたら、県外に行った私はそこに入っていけない。会費の8000円が高かったというのもあるし、仲の良かった友達も行かないと言うし。

 結局のところ、散々悩んで出した結論は、今が大事ということだった。今大学でやってることに夢中で、過去を懐かしむとか、どうでも良いと思ってる自分がいた。高校時代なんて掘り起こしても、闇しかないし。

 でも、これは自分でもよく分からない感情なんだけれど、同窓会に行かなかったという事実を書き記しておきたい。別に胸を張って、行かなかった事実を誇ってるわけじゃないから、ますます混乱する。多分、素直に同窓会に参加した方が、その参加した意味みたいなものを考えずに済んだだろう。そもそもそういうところで悩むあたりが、高校時代を暗黒にした要因である。



 私の高校時代。
 メディアは高校時代を青春とか言って煽る。私はその三年間を苦しいものにしたということが残念でたまらない。その苦しさは、大切なものだったと分かっているにも関わらず。

 でも行かなかったということは、そのクソみたいな高校の、自分を散々苦しめた価値観からの逃亡でもある。冒頭に書いた自由になったんだという感情はここから来ている。今回行かなかったことについて、自由は意識的に選び取る必要があるんだなあと思った。そして、やっぱり、行かなくて良いやって思えるくらいに、すっきりした自分に安心した。他人に踏みつけられたような気に勝手になっていたあの頃とは違うんだって。自分の自由は自分で保障するんだって。

 いや、行けば行ったらで、話す人はいるし、そこそこ楽しかったんだと思うんだけれどね。

 うーんこのことについて、数年後、もっと大人になったらまた思うことは、また変わってくるのだろうなぁ。もやもやした気持ちを、とりあえず言葉にしてみる。