きのこのこの雑記帳

最近大学生になりました。南の島から東路の果てへお引越し

近況報告:博物館実習から帰ってきました

 近況報告:今日、博物館実習から帰ってきました。

 

 博物館実習は、幼いころから通っていた沖縄の博物館。今あるところに移転してからはずっと通っている。小学生の頃、港川人の特別展を家族全員で観に行った。社会科見学で、訪れた時は鉱物のコーナーに90分居たっけな。美術部に入ってからは先生に連れられてアートツアーにも参加したし、参加者4人の小中学生向け歴史講座に参加したこともあった。そういえばその時、学芸員さんに思い切り質問したらその回答が後日郵送されてきて心から感動したことが、学芸員に憧れる根っこにあるかもしれない。高校休んで沖縄の葬墓制のフォーラム聞きに行ったことが専攻につながっていたりもする。

 

 実習先の博物館には本当に思い出がつまっている。わたしの場合、田舎の出身だし、塾にも行かせてもらえなかったし、学校はずっと公立だし、親は本を読まない人だ。そんな生まれで、どうして今みたいに文化に惚れて、こんな遠いところの大学で学ぶことになったのか本当に分からないなと思う。でも、博物館がわたしの興味を育ててくれたのは確かだと思う。だから、今回実習できて本当に良かった。

 

 沖縄の博物館で実習できて良かったな、と思うのは、やっぱり沖縄を貫いている歴史や思想、人びとの生活が私自身の当事者意識・問題意識と密接に絡んでいるからだと思う。政治的にどうこうと言えるほど、確かな考えを持っているわけではないけど、私は沖縄の文化から琉球王国、グスク時代までの連続性や、日本・中国・東南アジアの文化の影響を多分に受けたダイナミックな文化に心底惚れ惚れするんだ。

 

 私の大学での専攻は民俗学のつもりで、(学類の性質上、はっきりしていないところがある)フィールドとしての沖縄だと思っていたけれど、これは順番が逆だったかもしれない。私は沖縄を見たくて、そのためのスコープとしての民俗学を選んでいるんだ。このことは、ずっと前から直感的に気づいていたからこそ、私は民俗学をがっつり取り組める人文学類の民俗学専攻ではなく、比較文化学類のフィールド文化領域に所属しているんだと思うけど、そのへんの感覚を言語化できたのは、はじめてのことでちょっと衝撃を受けた。

 

 博物館実習のことは延々に書ける。

後半は土帝君の展示を作らせてもらったから、自分の研究の穴と強み(主に穴なんだけど)とトコトン向き合ったし、展示解説の日には各地の祭祀について色々聞けた。沖縄の文化って一言で言うのは簡単だけど、やっぱり語れないくらい重い。一つひとつ全然違うし、一人ひとり大切な思いがこもっていて、尊い。もちろん均一的な文化なんて何一つないんだけど、そういう尊さに胸が熱くなるのは、やっぱり沖縄文化だからこそなんだよね。

 

 私以外全員琉大生というアウェーな環境だったけど、それが逆に良かったのかもしれない。実習前は琉大生のこと、正直あんまりちゃんと勉強していないっていうイメージだったけど(失礼)、そんなことは全くなかった。色々事情があって、自分たちが学んでいる意味をそこに見出していて、琉大生のイメージが変わった。土帝君の展示を作る際もかなりマニアックな内容のはずなのに、みんなで協力してくれて、受け入れられている感じがとても嬉しかった。沖縄の中高には良い思い出がなかったからこそ、その思い出地獄から脱却するきっかけにもなった。なんだ、沖縄に帰ってきても大丈夫じゃんって。もちろん、大丈夫になったのは私が沖縄を出て、少しくらい変わったからのことかもしれないんだけれども。

 

 博物館実習のことを書くのは飽きてきた。とにかく、私は思い出がつまった博物館で、たくさん良い経験を抱えて帰ってきた。帰ってきて、私はやっぱり沖縄で仕事をしたいなあって思う。自分の問題意識と結びついているところで。

 

 今いるつくばが嫌いなわけでは決してないんだけども。それどころか、今回出会った民俗の学芸員さんはみんな筑波卒で、沖縄で、民俗を仕事にするには、やっぱり今の大学が王道ルートであるような気もしている。学芸員さんに人生相談乗ってもらっちゃっったりもしたけど、いつだって結論は、今の場所で一生懸命学ぶことに尽きるんだよね。勉強だけでなく、生まれも育ちも、親・親戚も沖縄だからこそ、沖縄以外の土地で過ごした経験って物凄く貴重でかけがえのないものになるだろうなとも思う。

 

 でもね、いつも物音がする実家や、徒歩数分の祖父母宅、実習中で慌ただしい中でも会ってくれた友達と離れるのは寂しいね。5・5畳で、風呂トイレキッチン共用の宿舎にいると寂しくなる。そんな気持ちを紛らわすように書いた近況報告です。今日から来週まで、教職科目のテスト期間。なんとか乗り切りましょう。