きのこのこの雑記帳

どきどき台湾留学2018.9.1~ 沖縄と民俗と言葉と本と

台湾留学日記 9月17日~9月22日 語学授業開始とことばの教室通級の思い出

 

 台湾に来て17日、ついに本格的に授業がはじまった。私の台湾大学での授業は、毎朝2時間(8時から10時)の中国語と、本科生・国際生向けの授業(台湾文化の授業、観光中国語に特化した授業、台湾映画から台湾社会をみる授業、日本語翻訳の授業)で構成されている。日本ではほぼフルコマみたいな生活を送っていたから、そんな時間割なんて余裕だと思っていた。でも、そんなことない。外国語で受ける授業ってこんなにも大変なんだね。

 

 

 

 なによりしんどかったのは、毎朝の中国語授業。

 

 ちょっとここから、私の中国語学習についてさらりと書く。

 私は日本の大学で第二外国語として中国語を履修していた。お世辞にも優秀じゃなくって、低空飛行で単位を何とか取得した。私が出来なさ過ぎて授業を止めるもんだから、できる同級生を苛々させていた。中国語の先生(台湾人)は、私が沖縄出身であるということだけで、私を「沖縄人」「琉球人」と呼んで、可愛がってもらったけれど、私は先生に台湾留学することを最後まで言えなかった。

 それでも留学が決まってからはHSKを受けたりして、無事に春には4級を取った。4級と言ったら中級レベル。理系の大学へ本科入学できるレベルと言われている。茶道サークルに居た留学生にも、日常会話は問題ないねと太鼓判を押され、第二外国語の授業での苦い思いは消え失せた。「あれ??わたしってば中国語のセンスがあるのでは??」という良い気になっていた。

 

 台湾に来てからも、飛行機のアナウンスが聞こえないこと、お店の人が何を言っているのか分からないことに動揺しつつも、外国語学部の子たちの「第二外国語で4級までいけるなんてすごい」という言葉を真に受けていた。

 

 結論として、まったくそんなこと無かったんですけれど。

 プレイスメントテストの結果をもとにクラス分けされ、私のクラスは下から3番目だった。(クラスは1から10まであり、HSK4級っていうと7くらいに相当するらしい)といっても、全くの初心者に毛が生えたレベルで、本気で「ニーハオ」からはじまるクラスだった。訳が分からなかった。いや、どうして??因みに、プレイスメントテストの筆記で私より点数の悪かった子が、私より上のクラスに居ることは分かっている。だから悔しくて悔しくてたまらなかった。(その理由はあとで分かる)劣等感とか、嫉妬とか、そんな気持ちでぐちゃぐちゃになるのって、いつぶりだろう。指定された教科書を読んでも、半年後に到達できるレベルが「タクシーに乗れるようになる」くらいだったから、絶望的な気持ちでちょっと泣いた。語学習得は目的の一つであって、私の本来の目的は台湾でフィールドワークがしたい、台湾の博物館でインターンをしたい、卒業論文で中国語文献を使いたいっていうところいあったからだ。

 

 今いる台湾大学の制度として、今いるクラスから上一つ、下一つには変更できることになっている。だから、テスト結果から立ち直るとすぐに私はクラスを移動させようと動き出した。HSK4級持っている、文法事項の大まかなところは理解できている、漢字文化圏出身ということで繁体字への適応も早い、というようなことを主張した。

 メールを打ったり、直接交渉をしたり。元居るクラスと上がるクラスの先生にそれを行う必要があり、かつ、クラスの定員問題もあったものだから、各方面への根回し、本当に精神を消耗した。本当にクラスを上げられるのかというのは、昨日まで確定せず、それまでは元居るクラスである3の予習復習宿題と、上がりたいクラスである4の予習復習宿題を同時並行で行う必要もあった。

 

 頑張って、心を砕いたことは決して無駄にならなかった。おかげでクラスを一つ上げることができたからだ。上がったクラスの先生に言われた。「貴方が文法事項を理解していて、語彙があることも分かった。けれど問題は発音。もっと努力しなければならない。練習して」そんな感じのことだったと思う。思い当たりがありすぎて、納得がいくと共に「ああまたか」となった。

 

 私は小学校のころ、言語障害として通級指導を受けていた。ラ行をはじめ言えなかった音があったし、サ行とシャ行、ラ行とダ行のように聞き分けられない音もあった。構音障害っていうやつだ。生まれつき口腔内の構造にも問題があったし、父親も言語障害だったので幼少期に正しい音を覚えられなかったことも要因の一つだった。

 

 小学校中学年、思春期の入り口に一人普通教室を抜けて通級指導を受けたことは屈辱的なことであった。通級指導教室の先生は優しい人だったし、在籍校の特別支援学級の先生からも心がこもった手紙をもらった気がするけど、最後まで心を開くことはなく、手紙は破って捨てた。それまで優等生でやってきた私には、何もかも許せなかった。数年の通級の末、それは終わった。構音障害は訓練で大きな改善がみられる障害である。でも、今でも調子が悪い時には口が回らない。周りの人は無意識に発音しているであろう音を考えないと発音できない。分かる人にはすぐに「構音障害でしょ?」とバレてしまう。それによって弁論とか放送とか、大好きだったけれど上にいけなかったものも多い。

 

 どれだけ関係があるかは分からないけれど、英語も発音の問題で躓いて、大嫌いになっちゃったんだった。だから、今回もすごく合点が行った。ライティングやリーディング、リスニングができても、口が回らない。そういえばHSKの試験は、ライティング、リーディング、リスニングだけだったな。だから合格できてしまった。(そうは言っても、リーディング・ライティングは9割、リスニングは3割みたいな凹凸ある点数だった)もちろんそれだけのせいにはしないけれども、私に綺麗な外国語が話せる自信は正直ない。(だって、母語である日本語でも相当な訓練を必要としたんだよ???それは完全にトラウマ、コンプレックスになっている)

 

 中国語、本当にできるようになるのだろうか。

 クラスは上がったけれども、それでもそこでやる文法事項だってとっくの昔に習ったことばかり。悔しいなあ。中国語、文字で読んで理解できるレベル、書けるレベルと聞いて分かるレベル、実際に話せるレベルに差がありすぎるのがしんどい。因みに英語も結構同じ。リーディング、ライティングは学年でもそこそこだったけれども、リスニングで最下位取ったこともある。(ちょっと考えれば、何かしらの問題があるのは一目瞭然、大学入試は凸凹の凸のところだけで勝負できる方法で乗り切った)

(そういえば、小学校五年生だった私に対して通級では、幼稚園生が使うような本や小学校1年生の国語教科書を使って言葉の練習をしたもんだったから、国語の成績が常に満点みたいな文学少女は傷ついた。お風呂で泣いた)

 

 だけど、語学は結局その言葉に触れた時間で決まるという。私は中国語に全く触れてこなかった。だって、75分の週2時間×(96週)しか学んでいない。中国語学部の子は毎日中国語の授業を受けていたって言っていたのに。第二外国語レベルでの学習は、初心者と変わらないって誰かも言っていたっけ。

 そもそも第二外国語レベルでも私は真面目な学生ではなくて、語学だけみたとき、つくばの中でも私より留学に適している学生は幾らでも居た。(何で私が来れたんだろう、とも思うけれど、筑波大学台湾大学の特別な協定のおかげで誰でも、何人でも留学できる)

 

 だから、私はここから頑張る。日本語でもできたんだから、たぶん大丈夫。ついでに耳で覚えることもかなり苦手だから(そもそも日本語でさえ、人の言葉が聞きとれないことが多い。音は聞こえているけれど、それを言葉に認識できないものだから、ラジオは苦手で、テレビには字幕をつけている。うるさい飲食店でのバイトは苦労したし、騒がしい飲み会は地獄だ)人より何倍もの努力が必要だと思うけれど、私の土壇場での馬力をなめんなよ。

 

 たまに指摘されるとか、聴覚特別支援学校での介護等体験の時とか、障害児指導法、音韻論の授業でしか意識しなかった私の言語障害、ここでまた意識させられるとは思っていなかった。思っていた以上に、私の留学は悔しくって、しんどいものになるかもしれない。だけども、言語障害の人が外国語取得できないっていうのは聞いたことないし、今の中国語だって台湾人は辛抱強く耳を傾けてくれるんだから、大丈夫だいじょうぶ。

 

 救いだったのは、中国語の授業以外にとっている授業が結構理解できたことだ。友達と話になった。語学力は点数で測ることができるけれど、実生活になると結局総合力であると。言葉を聞くのも話すのも苦手かもしれない。でも、違うところでカバーできるんだって知ったことは大きい。がんばるよ。

 

 落ち込んだりしたけど今週も楽しんでたよ、っていうツイート

 

 ちなみに「言語障害 外国語」で検索かけまくって知ったページと、言葉の教室についてのページ

blog.goo.ne.jp

 

h-navi.jp

gontama29.hatenablog.com

 

 クラス自体は上げてもらったものの、私がちゃんと中国語を習得するためには、ピンイン‣声調のレベルから、ひたすらやるしかない。それも多分気が遠くなるほど習得に時間がかかるだろう。(それは下のクラスに居ても、その点においては他の学生にすぐさま追い越されるだろう。発音を強化するクラスではないことも含めて、クラス自体は上がる判断をしたし、先生もそういうことでクラスを上げてくれた)必要とあれば、マンツーマンの中国語教室(台湾大学のまわりには溢れている)で、発音だけを集中的に学ぶ方が良いかもしれない。

 ただ、そうやってどうやったら次に進めるかを考えられるのって、大学で日本語学を学んだり、障害児指導法の授業を受けたりしたことが効いている。学ぶことは自分を救うんだ。