きのこのこの雑記帳

どきどき台湾留学2018.9.1~ 沖縄と民俗と言葉と本と

6月5日 海角七号 君想う、国境の南

 

 朝の中国語の授業、それから昼下がりの唐詩の授業の合間に映画を観た。

観た映画は「海角七号

 

 

海角七号/君想う、国境の南 [DVD]

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海角七号 2枚組特別版(台湾盤) [DVD]

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 この映画はかなり有名なので、今さらあらすじを書くまでもないと思うけれど、一応書いておく。

 

日本統治時代の台湾、最南の町に赴任した日本人教師が、台湾人の教え子、日本名友子と恋に落ちる。 終戦の後駆け落ちを約束していた友子を台湾の港に残して、彼はやむを得ず内地に戻る引揚船に乗った。そして、日本への7日間の航海で毎日恋文を書き綴ったのだった。日本人教師の死後、その娘がこの恋文を台湾に送るが、すでに宛先不明となっていた。

 日本統治時代の切ない恋。これに対して、現代のミュージシャンの夢に破れて故郷に帰ってきた阿嘉が郵便配達の仕事をはじめることで、再び物語がまわりはじめる。

 阿嘉の故郷である田舎町で日本人アーティストを呼び、ビーチコンサートを行うことに。ただ、このビーチコンサートには地元住民が参加すべきであるという市長の考案から、前座として地元住民で即席バンドが結成される。この即席バンドのマネージメントのために白羽の矢が立ったのは、中国語が話せる売れないモデルの友子であった。

 

 この即席バンドのエピソードが映画の中心に据えられているが、日本統治時代の切ない恋に、現代を舞台とした恋が絡む作りになっている。

 


《海角七號》完整預告

 

 2008年に公開されたこの映画、台湾でかなりの人気作である。台湾好き日本人のブログやツイッターでも、何度も見かけたタイトルであった。

 ただ、台湾ドラマにありがちな恋愛ストリートが苦手ということもあり、私はずっと避けてきたタイトルでもあった。それにも関わらず観ようと思ったのは、前日の博物館で「タイヤル族のトンボ玉が映画に出てくる」ということを耳にしたからだ。

 

 結果として、観て良かったなあと思う。

 現代パートのストーリーそのものはありがちものではあったけれども、いくつか惹かれる点があった。

 

 まず、映画の舞台となっている恒春の背景が綺麗。これはとても大きい。

 それから、台湾語と台湾華語が飛び交うところには「台湾らしさ」を感じた。台湾語で話しかけられた小島友子が「台湾語は分からないって!」とキレるシーンもあるくらいだ。私も台湾語はほんの少ししか理解できないので、友子の気持ちがよくわかる。そういうところも含めて、台湾語と台湾華語が飛び交うことが、まさに台湾の日常なんだろうなあと思うのだ。

 

 先学期、映画から台湾社会を見ることを目指した授業を取っていた。侯孝賢らによる台湾のニューシネマの特徴として写実性が挙げられる。具体的には、公共の場での使用を禁じられた台湾語を映画で多く使ったことを挙げていた。

 台湾語と台湾華語が飛び交う映画を観ながら、上のことを思い出していたのだ。「海角七号」の監督である魏徳聖は、台湾ニューシネマの担い手であるエドワード・ヤンのもとで働いていた経歴をもつ。

 

 別に現代において、台湾語がつかわれる映画なんて珍しくないのかもしれない。ただ、台湾の近代史は言語統制と密接な関係があった。日本統治時代は日本語を使うことが求められ、白色テロの時代には中国語(北京語)を使うことが求められ。私の台湾人の友達は台湾語を聞けても話せないという。現在では、台湾原住民の言語復興運動や、客家人による客家語教育も盛んに行われていることからも分かるように、常に言語の壁があるのが台湾である。

 だから、台湾語を話す登場人物と台湾華語を話す登場人物が居て、70年前の手紙には日本語が記されていて、という他言語世界は、まさに台湾が歩んできた歴史を端的に切り取っているのだ。長い時を経て台湾に届いた日本語の手紙だが、郵便配達員の阿嘉が最初日本語を理解できないために放置される、ということからも日本統治時代から大きく変化した台湾社会を覗くことができる。

 

 

 

 この映画で日本統治時代は、ノスタルジックに描かれはするものの、批判的に描かれることはない。これは中国映画とは大きく異なるところだろう。

 例えば、日本人教師と駆け落ちしようとしたものの港に置いておかれた友子は、その後どうなったのか。郷里に帰るしかなかったのだろう。ただ、郷里でも辛い思いをしたのではないか。後の白色テロではスパイとして目をつけられたりはしなかったのか、などと思うところはあるのだけれども、基本的に描かれるのは日本人教師側の視点だ。そういう意味でも、かなり好意的に描かれている。

 作品終盤の「のばら」の合唱など感動的ですらある。

 

 ただ特筆したいことに、この映画の監督である魏徳聖は、今作の次に「セデックバレ」を撮っている。「セデックバレ」は1930年、台湾原住民であるセデック族によって起こった抗日事件である霧社事件を描く。


セデック・バレ 第二部:虹の橋(字幕版)

 「セデック・バレ」で描かれている日本兵の態度には目を覆いたくなるものがある。

Youtubeのコメント欄には、監督が親日派であるとか、「セデック・バレ」が反日映画であるとか書かれていたけれど、台湾の歴史を複雑なまま理解したいと思う。

 

 

 ちなみに「セデック・バレ」を観た時は、中国語に自信がなくて英語字幕を付けていたのだけれども(台湾で観たから日本語字幕はなかった)今回はオール中国語で観られたことが嬉しい。子供向けのコンテンツだけではなく、一般向けのコンテンツにアクセスできるだけの中国語が身についてきたんだなあということだ。そのことで得られる世界がグッと広がったようにも思う。本当なら、このくらいの中国語力をもって留学を始めたかったものだと思う。無茶な願望なんだけれども。

 

 

 

海角七号」については日本語のブログでも感想等々色々書かれていた。