雑記帳

沖縄と民俗と言葉と本と

バレーボール大会から、いろいろと。

 

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今日は日記を書く。最近、少しづつブログを書くということに慣れつつある。その結果、気の向くままに書くようになった。

 

 

 今日は、3年生お別れバレーボール大会たるものがあった。卒業まであと1ヶ月を切ってしまったこの頃、先生方としては思い出作りとして企画してくれたのだろう。

 

 でもこの球技大会、全部が楽しいわけではなかった。

 もちろん、楽しくないわけでもない。

 ただ、楽しさのなかにいろんなものがまじっていた。

 

 円陣を組む。

 ボールを追いかける。

 クラスの応援をする。

 喜ぶ。

 悔しがる。

 

 その全てに、私は素直になれずにいた。

 だから、いまいち盛り上がれない。盛り上がる前にいろいろと考えていた。

 

 バカにしているとか、避けているとか、後悔しているとか、そんなんじゃないけれど、純粋にみんなが羨ましかった。

 ただひたすらにボールを追いかけることのできるみんな。

 ただひたすらにクラスの勝利を願うことのできるみんな。

 ただひたすらに誰ふり構わず、騒ぐことのできるみんな。

 

 私には、考えられない世界だから羨ましい。

 

 

 実は私、小6の一年間だけ、バレー部に所属していた。案外、体育会系な一面もあるのだ。

 でも、小学校卒業とともにバレーを辞めた。下手だったことに加え、あの空間にいることにうんざりしていたからだ。

 

 中学ではバレー部に入る代わりに、美術部に所属した。そこは、小学校の頃とは真逆とも言えるほどの別世界だった。絵は苦手だったが、何でも受け入れてくれるような雰囲気があり、放課後の美術室が憩いの場となった。

 

 バレーを辞めたことに後悔はしていない。寧ろ、美術部に所属したことが私の中学校生活で一番の良いことだと思える。

 

 でも、今日のバレーボール大会で必死にボールを追いかけるみんなの姿を見ると、小学校の頃の私と再会した気がした。

「あの頃の私は、あそこに居たのだ」と思うと、むずむずが止まらなかった。 

 また、中学でもバレーを続けた元チームメイトは、今日の大会で大活躍していた。とても、楽しそうだった。

 

 私があそこにいた可能性をほんの少し考えた。そして、それも「アリ」だと思わずにはいられなかった。

 

 バレーを辞めるという判断を下したことで、友達を何人か失った。失ったという言い方は少し、違うかもしれない。失ったのではなく、お互いに離れていったのだから。

 

 幼馴染とだんだん遊ばなくなる。きっとそれはよくあることなのだろう。でも、私は「よくあること」として片付けたくない。私があの子と遊んだ日々は確かに私のものだし、私はあの子の友達だったということを忘れたくないから。

 

 どのみちバレー部で私はやっていけなかっただろう。毎日、無理ばかりして、興味のない芸能やおしゃれに興味のあるふりをして、うそばっかりついて。うんざりする。

 

そう、分かっているのに。今日、活躍しているかつての友人を見たから。素直に友達として「あぁ、うまくなったな。すごいな」って思ったら、小学校の卒業アルバムに「バレーうまくなって一緒に勝負だ!」って彼女が書いてくれたことを思い出して、何だか寂しくなった。

 もう、あの子と私が一緒になることはないかもしれない。どうせ高校は別々だし、あの子と私は「ふるさとが一緒」という共通点しかもたないかもしれない。それって、かなしい。

 

 バレー大会は、たった2時間で終わった。私はまともなプレーどころか、滅多にボールに触れることのないまま終ってしまった。

応援もあまりせず、何となくで過ごした。

体育館の隅っこで、いつものメンバーとおしゃべりして、たまに放送室にこもって、ぼーっとして、結局一度もみんなと一緒になれなかった。

 

 後悔なんかしていないけれど、やっぱり楽しかったわけではない。寂しさも、切なさも胸いっぱいに感じていた。

 

 もう少しだけ素直になれたら、どんなにいいだろうかと思っただけだ。

 

 成長することって、なんだろう。

 たくさんのことを感じて、たくさんのことを知って、私は大きくなるけれど

 その分、置いて行かなければならないものも増えていくのだろうか。

 

編集後記

 コートに入ると、わくわくした。久しぶりの感覚にふるえた。下手くそだけれども、またバレーがしたい。でも、放送室に入るとほっとした。それもまた事実。それはそれでいいのかもしれない。