きのこのこの雑記帳

どきどき台湾留学2018.9.1~ 沖縄と民俗と言葉と本と

留学日記 12月4日 風邪ぴっきの日々

 

 

 前回の日記を書いたのが11月中旬で、その後からかれこれ2週間体調崩しています。風邪っぴき。つらい。

 

 前回の日記も調子が悪いことに関して書いていたけれど、関係あるのかな。11月16日に調子悪いなと思っていたけれど、17日にはサイシャット族のお祭りに行き(これが最高だった)、18日には沖縄でお世話になっている人に台湾を案内した、20日の午後、授業終わりによった博物館で喉が少し痛いことに気づいたのが、風邪のはじまりだ。

 

 関係あるとするならば、やはり睡眠不足。それから、痩せたいって思ったこと。外食文化の台湾に来て、増えた体重をどうにかしたいと思った。それから、身体を思う通りに管理したいという気持ちもあったかもしれない。私は身体と心がうまくつながっていない感じがする時が多い。脳の乗り物として身体を扱ってしまっていると言いますか。だから、身体を労わることが下手くそで、こうして体調不良の時は身体に反逆された、と思ってしまう。身体も含めて自分であることは、頭では分かっているんだけれども。

 

 風邪をひいた2週間、合間に母や母の友達を台湾案内したり、博物館ガイドを行ったり、道教のお祭りに行ったり、それなりに予定は詰まっていたけれど、そういう以前から決まっていたものを除いてはひたすらに寝ていた。ゆっくり休もうとDVDを借りたり、読みたい本もあったけれど、そういうものを楽しめる余裕もなかった。風邪っぴき、身体がしんどいことはもちろんだけれども、そうやって何もできないまま時間が過ぎていくこともまた、気持ちに追い打ちをかける。

 

 風邪って5日かそこらで治るものじゃないの?って思ったけれど、これがなかなかしぶとくって、風邪をひいて13日目の昨日も熱が出ていたし、夜になると咳がひどくて眠れない。今だってそうだ。咳ぜんそくになっていないか、少し心配。ただでさえ、台湾の空気は悪く(排気ガスとPM2.5)台湾歴が長い駐在員の方々には、冬は窓を閉めて、空気清浄機を動かすことをおすすめされていたところだったのに。

 

 

 

 異国の地で体調を崩すって、つらい。気持ちもつらくなる。周りの日本人留学生も一度は体調を崩しているから、知らず知らずのうちに張り詰めていた神経が緩むころ、疲れが出て来るころ、だったのかもしれない。

 

「留学は2か月3か月目が一番つらいよ」って言われていたけれど、その言葉の意味が少し分かった気がする。

 

 「台湾、良いところだよー」とひたすら言ってきたし、その思いは今もそんなに変わらないんだけれども、本当にささいな、目について一度気になると仕方ないところはあって。列に並ばないとか、中国語が通じなかった時に発せられる「は?」という聞き返しとか。相手に悪意がないことは分かっている。でも、自分にも余裕がない時にそういうことをされると、心がささくれ立つ。

 

 台湾料理は沖縄料理と似ている!美味しい!とも言ってきたけれど、今回体調崩した時に食べたいと思えるものが一つもなかった。何か食べないと治らないよなあ、という意識はあったから一応何かは食べていたんだけれど、記憶がない。口慣れない味に挑戦するのは、身体も心も元気な時じゃないと厳しい。

 私は滷味が苦手なんだって気づいた。滷味とは、滷肉飯の味(雑な説明)。八角と甘醤油と諸々(漢方系のものが多い?)を煮込んだ料理のこと。台湾のどこどこが自分に合わないんだっていうことを口にしちゃいけない気がしていて、最初の頃から口に合わないなって思いながらも、美味しいふりをしていたのが滷味。

 

 体調崩したときに、どうにもならない不満を呟くようにして留学仲間に「滷味が苦手なんだよね」とこぼしたら、「今さら?」って笑われた。「わたしなんて台湾料理嫌いだからね」とその子は言っていて、そのあっけらかんとしたところに、私もまた笑った。ああ、台湾に留学していても、台湾の合わないところがあって良いんだっていうね。考えるまでもなく、沖縄にもつくばにも、好きじゃないところはあるわけで。台湾の全てが好きでないといけないと思うのは、やっぱりどこかでまだ気負っていたんだと思う。留学に対して、有意義でなければならないとか、楽しくなければならないとか、友達をたくさん作らなければならないとか、たくさんの呪いがあるような気がする。

 

 ただ沖縄やつくばに対して私がそうであるように、留学が終わって帰国する頃にも合わないところも含めて、やっぱり嫌いにならないで居たいなと思った。

 

 風邪の良いところは、のんびりでも、時間が経てば治るところだと思う。ゆっくりと、朝起きたら身体が軽くなっているのを感じる。すっかり枯れていた声も大分元通りになった。(中国語って声の高低も大事なので、声が枯れるといつもの数倍下手くそになった気がした。1声が出ない。つらい)

 

 風邪っぴきの時はいつもより身体の声を聞けるような気がして、自分の気持ちは焦っていることも知る。Twitterやインスタを見ていると、日本にいる友達はより専門的な授業を受けて、インターンや就職説明会に行っていることが分かる。何かを選ぶってことは、何かを選ばないってことであるわけで。そんな時ベットで寝てばかりいると、自分が全く違う時間に居るように感じる。

 

 私の周りはとっても優しくて、「私が台湾に身を置いて過ごした時間、それだけでも十分価値がある」と断言してくれている。私もそう思ったから台湾に来た。「その為にも健康管理だけはしっかりとね」と母の声。風邪がここまで悪化したのは、母の台湾旅行で無理にガイドをしたから、ということもあるので、ちょっと母には恨みもあるんだけれども、これは沁みた。

 

 私はもうむやみに焦らないぞと決める。思う存分のんびりして、また元気になったら外に出ようっと。つくばでも沖縄でも、いつも課題やバイトや単位に追われて、その思う存分のんびりができなかったから、このぽっかりと切り取られた台湾での時間で、身体を休ませることを覚えるのも良いのかなと思った。台湾で得たいこと。それは別に台湾に限らなくてもいいんだけれども、海外という非日常を日常にしながら得たいこと。ぽっかりと空いたモラトリアムの時間で得たいことの中には、もっと基本的な生活する術みたいなものもある。ライフハックのようなものではなくて、本当に基本的なこと。身体が風邪ひいている時は、罪悪感を抱かずに休むべし、とか。海外生活、最終的に自分の身を守るのは自分なんだから、もっと生活にハリを求めていこう。自分の声を聞けるようにいよう。

 

 風邪っぴきの日々。もう少しで風邪は治りそうだから、焦らず、ぼちぼち行くよ。これから同じく風邪っぴきの友達と豚カツを食べに行ってきます。風邪の時こそスタミナつけよう。風邪の時は日本食が本当に染み入る。これは風邪をひいて発見した、私の中の「日本人」の部分です。

11月16日 調子のすぐれない日

 

 今日はどうやら調子が悪い日。そういう日って訪れてしまうものだ。

 頭がぼんやりしているわりに、蛍光灯の光が痛くて、少しの音が胸に響く。神経が過敏になっている。何だか喉の奥が詰まっているようだ。

 

 不安になるからこうしてブログに書いちゃうんだけど、(少しの見栄でツイッター連携はしないことにする)脳が騒がしい日ってない?私にはある。考えがまとまらないくらいなら可愛いものだけど、昨日はそれで寝るに寝れなかった。身体は本当に疲れているのに。

 

 そういう時、例えば夢なのか起きているのか分からない状況がやたらと続く。本当に浅い眠り。金縛りにあったりもする。夢か現実か区別がつかない感じで幻聴聴いたりするからまじでこわい。

 そこまでヘビーなのは大学に入って生活が落ち着いてからは減ったし、台湾ではまだ来てない。昨日の夜はそれの軽いやつ、眠りに落ちようかという瞬間に身体がびくってなって目が覚めてしまったり、かなり浅い眠りを繰り返していた。うーん、つらい。

 

 前日に遊園地で遊び過ぎたのが悪いのか、月のものの前であることが悪いのか、そういう日が来ることに対して原因追及はたいてい無駄なんだけれども、堂々巡りが止まらない。

 

 でも私はもう21。こうした不調があるっていうこととも大分付き合ってきたし、こうした調子の悪い日をどう乗り切るかが肝なんだ。

 

 なので、今日の一日をまとめるよ。

 ちなみに先に言っておくけれど、私はここで最大の誤りをおかしています。そういうダメな日こそ早めに寝るべきなんだけれど、このやたら調子悪い脳を眠るモードにすることができなくてブログ書いているということ。

 

 今日は7時半に起床。8時10分から中国語の中間テスト。出来は口試に引き続いて、かなり微妙。問題自体、そんなに難しくなかったけれど、不安な答えが何問か。8割はあるかな。でも台湾に来てから9割をまだ切ってないので、ちょっとそれは悔しい。うーん、そうやって書くと結構嫌味な感じになっているけれど、台湾大学に来ている留学生って基本的に優秀な人が多いので、こういうテストの平均点はかなり高い。にわかなプレッシャー。まじめにやっていればいいんだけれど、最近集中できないからなあ。

 

 9時半には朝食(サンドイッチ15元)を買って帰宅、サンドイッチとコーヒー飲みながら映画を観るつもりだったけれど、調子の悪さを補填すべく、寝直すことに。

 

 ただ、そういうときって夜寝れなかったから調子が悪いわけで、そう都合よく寝れるわけないんだよね。ひたすら横になっておく。私の部屋は9階なのに、やたらと草刈り機の音が響く。延々と。草刈り何時間やってるんだ、寝れんと思っていたけれど、この音は本当か分からなくて、ちょっとホラー。

 

 調子が悪い時って本当に何にもできないよね。光はしんどいし、音楽も聴けないし、本も映画もダメ。目が文字の上を滑るし、集中なんてできっこない。でも身体の調子が悪いわけではないから、寝ておくのもなかなかできなくて。生命線はツイッターのみ。うだうだしているうちに15時。時空が歪んでいる。朝食に買ったサンドイッチを食べそこなったことに気づいたから、そそくさ食べる。でも、胃が食べ物を欲していない感じ。調子が悪いとすぐにこうだ。生理的欲求さえ消える。やばいやつ。それでも無理に食べていると、口の中で「ジャリ…」という感覚がする。卵の殻が入っていたみたい。これで完全に冷めた。

 

 ベッドの上に逆戻り。さすがに一日をこれで終えるのはきついから、お気に入りのカフェで手紙を書くことにする。台湾にはこだわりのカフェが多い。私の住んでいる公館は学生街だから、古本屋も、本を読むのにぴったりなカフェも多くて最高。カフェのお姉さんとオール中国語で少し話した。最近、街で英語を使われることがほぼ無いなってことに気づいてちょっと嬉しくなる。こだわりのドリップコーヒー(ドリップコーヒーは中国語で沖水咖啡)とホワイトチョコのスコーン、120元。少し高いけれど、無理にテンション上げて何か食べたいので、良いってことにする。お金で何とかなることは頼ってしまう、これが調子悪い時の鉄則ね。そうしてお金を使うことに罪悪感を抱いちゃだめ。

 つくばの友達、ドイツの友達に手紙を書く。本当は前から書いていたけれど、宛名を足したり、郵便に出すまでの最終調整をする。

 

 調子悪い時の鉄則その2、できる簡単な作業を済ませてしまう。あんまりできないことばかりだと、それはそれで落ち込むので、できることをコツコツと。そうしていると少し調子が良くなったので、そのまま郵便局に切手を買いに行くことにする。日本まで10元、ドイツまで12元。なんと日本国内の切手(はがき52円)より安いんだからびっくりする。台湾は文通が趣味として結構生きているらしくて、記念切手も盛んだし、郵便局も多い、売っているポストカードの数もかなりある。嬉しいね。ちなみに、10元の切手はドラゴンフルーツの絵柄。南国っぽくて台湾らしい。そのため、日本に居る友達に手紙を送る際には、いつも台湾の暑いこの空気も一緒に届けーとか思いながら、切手を貼る。

 

 できることをコツコツ済ませていくのは気分が良いので、調子に乗って夜市を散策。最近お気に入りの台湾式タコ焼き(45元)を買う。コンビニで炭酸飲料(20元)も買って、映画観る準備は完了。

 

 

 山田洋次監督の『母と暮らせば』(中国語で我的長崎母親)を観る予定だったけれど、まあ無謀でしたね。40分まで観て、あまりに集中できないからまた今度観ることにする。そういう時って内容は全然頭に入らないのに、やたら泣けるのは何で?いや、まじで脳がバグっているの??今年の春、同じ感じで夕日を見て泣くやつをやってしまったよ。

 本当は筑波大学の方から出ている博物館実習レポートも終わらせたかったけれど、無理に決まっていた。

 

 代わりにブログを書いた。やっぱり内容がないってことを恐れずに、ぼちぼち書くことを大切にしたい。そういう積み重ねの方って意外と重要で、内容がないと思っていても、後になったらそういうものこそ愛おしくなるのだから。そう思うと、ブログは非公開でやった方がいいのかな。うーん。

 

 本当に謎なんだけれど調子悪い日にものを書くと、ほんの少し楽になるんだよね。できればタイピングでものを書く方が良い。手書きだと文字を書くスピードと、考えるスピードが合わなくて、脳がバグるから。(本当にバグる。今書いている漢字と次に書こうと思っている漢字がくっついたりして大変、冷静になったらヤバいなこれ、伝われ)毎日繁体字を書いているから、そろそろ日本の漢字と繁体字が混ざりそうっていうのもある。

 

 そうしているうちにこんな時間だ。ところどころ時空が歪んでいる。

 さっさと部屋を片付ければいいのに、なかなかそれはできない。やる気がでない。今まで私が部屋を片付けられないのは、モノが多いからと思っていたけれど、そうじゃないようだ。台湾に持ってきているものはそんなに多くないのに、部屋は大混乱を極めている。相部屋との共同スぺ―スには絶対にものを置かないぞと決めているので(頭里前)それはぎりぎり守っている。

 

 あと、そういうダメな日ってさっさとお風呂に入るべきなんだけれど、それもなかなかできないよね。何でだろうか。今日みたいなかるーい感じじゃなくて、本当にダメな感じに陥っちゃうと、まじで社会的活動が無になる。毎年どこかの時期で無になってる時がある。ルームメイトもいて、出席が厳しい台湾でそれをやると死ぬ。

 

 うーん、どうしたらよいのだろうか。

 因みに去年も11月末に死んでいるので、まだまだ元気なここらで何とか上向きにしたいところですね。最低限、食べることと寝ることをクリアしないと。来週には母が台湾に遊びに来る。楽しみじゃないわけではないけれど、同時に色々大変だろうから、どっかーん期が来ないように注意。

kinokonoko.hatenadiary.jp

 

 私は経験知でどうにかしますよーと思いつつ、こんな時間まで起きているからもうダメですね。いや、ダメと思うからダメであって、ダメと思うことがもう既にダメだ。

うーん、少し眠くなってきたのでミラーレスカメラの充電だけやって、さっさと寝よう。明日はサイシャット族のお祭り。楽しみ

 

留学日記 11月15日 遊園地に行きました ー六福村ー

 11月15日、台湾大学創立記念日(今年は90周年)

 学校が休みだったから新竹にある遊園地、六福村に行ってきた。

 

 台湾のディズニーランドって言われているだけあって、ディズニーを意識しているようなところが多々あった気がするけれど、アトラクションは多いし、ほとんど並ばずに乗れるし、楽しかった。

 

 

 六福村に行く際、日本人が書いたブログなどを参考にしたから、ここにもメモがてら記しておく。

 六福村には動物園やプール、ホテルも併設されていて丸一日楽しめます。

 入場料は大人999元、学生899元、子ども699元、未就学児は499元

 でも、事前にセブンイレブンのibonで買えばかなり安く買える。大人二人一組で1111元だった。

 台北から行くには、松山空港から直通バスが出ている。

 片道127元、パンフレットによると、松山空港から六福村まではおよそ90分。

 悠遊カードも使えるので、楽ちん!

 

 

 しょぼい遊園地と侮ることなかれ、ジェットコースターの類も結構そろっている。一回転するタイプのジェットコースターもあれば、垂直落下型のものもあった。そうしたアトラクションはアプリで予約することもできるらしい。ということは、土日はそれなりに混むんだろうなあと予想。

 

 絶叫系が苦手だから、子どもも乗れるようなものにしか乗れなかったけれど、ギャーギャー叫んで喉をつぶした。

 

 

 昼間にはパレードもあったんだけれども、それがまだハロウィンテーマで行われていた。ハロウィンとっくに終わっているのに。11月いっぱいはそれで引き延ばすのかな、いさぎよい。

 

 ちなみに、キャストがてきとーに仕事しているのも良かった。

 閉園間近になると、キャストが制服のまま帰ってく様子が見える。パレードに出ていたであろう、欧米系の綺麗な方も疲れた表情で正面玄関にすたすた歩いていく。おいおい、職員とお客さんの出入り口は一緒なの!?その姿は、六福村の世界観(それはそれで多分ある、街中で突然パレードがはじまったり、アラジンがいるような、素敵な夢の世界だろう)と現実が確かに地続きでつながっていて、ちょっと面白かった。

 

 VRのアトラクションで遊んだ時も、スコープを装着してくれたお兄さんがずっとアカペラで歌っていてうけた。あんまりうまくないし。

 

 遊園地に限らず、台湾と日本では働くことに対する意識がやっぱり違う。台湾はお客さんとキャストの立場は平等。キャストはあくまで、そういう役割であるだけなんだよね。マックなどの飲食店でも、店員が休憩中、制服のままお客さんと同じフロアで飲み食いしている姿をよく見る。日本でバイトしていた飲食店では、水を飲むのにもお客さんから隠れる必要があったから、その差は結構大きい。

 

 逆に日本から進出しているチェーン店(大戸屋とか、はま寿司とか)は従業員教育がしっかりなされているようで、「いらっしゃいませー!」から始まる接客にちょっとびっくりする。(「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」だけ日本語で、あとは中国語の接客のところが多い気がする)慣れ親しんでいるはずのものなのに、どこか身構えるというか。そして、基本的にそういうお店は少し高級路線で経営しているので、日本で食べるよりも高くつくことも多々。

 

 日本で働くにあたっては感情労働が多くて大変だと思うし、一方で台湾の接客に対しては「何でこんなに不愛想で理不尽なこと言われなきゃいけないの??」と思うこともあるので、どっちもどっちなところはある。

 

 ただ面白いなって思うのは、チェーン店でも国によって差が出るところ。友達がいうには上海のディズニーのキャストは、やっぱりちょっと不愛想らしい。パリやアメリカのディズニーは一体どんなだろう。着ぐるみの中の人が変われば、やっぱりキャラクターであっても性格は変わるわけで、国によってミッキーの振る舞いも変わるのだろうか。

 グローバル化っていうと、世界の文化が均質化してしまうようなイメージを漠然と抱いていた。でも世界を旅行して、暮らしてみて思うのは、まだまだそんなこと無いなってこと。

 まさにグローカル。六福村の世界観は、アラブだったり、アメリカだったり、アフリカだったり、南太平洋だったりする。その中に東アジアは含まれていない。でも、遊園地で売っている食べ物は、ポップコーンやアイスなどに並んで高頻度で包子があった。ふとした瞬間に台湾を感じて、それがたまらない。

 

 

 話が大きくなった。

 写真は六福村のキャラクター、ハッピー君とハニーちゃん。ネズミじゃないよ、多分サル。チャープポイントは生まれた時から見事にカールしている前髪らしい。

 

 遊園地はいつも誰かに誘われていく。だからこそ、友達がいるから楽しいっていうのもあるなぁとしみじみ。今月はじめに行ったSHISHAMOライブもそうだったけれど、誰かが居るから、広がる楽しさもある。そういう意味で、有り難いなあ。

 

 

 

 ちなみに、今年の冬にはサークルのメンバーでディズニーシーにも行ったよ。

 同期6人のうち、台湾に留学しているわたしと、香港に留学している子が一人。4人はつくばで頑張っている。頑張っているんだろうなあ。留学が終わって、みんなの就活なり、院試なりがひと段落したらまた皆で行きたい。

 やっぱり六福村とディズニーって似ているなというつぶやきは封印しておく。

 

 

 

留学日記11月11日 21歳になりました

 

 昨日私は21歳になった。
 21歳、それは私にとって二十歳の成人より重い響きを持っていた。

 

 中学の授業で「その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな」という与謝野晶子の歌を習った。先生はこの歌を私たちに教えるとき、女性にとって二十歳は人生で最も美しい時期であるというような説明をした。(たぶん)そして14の私はぼーっと、そうなんだなあという風に聞き流していたと思う。

 

 私が高校生の時(そして多分今も)女子高生のことをJKといい、高校三年生のことをLJKと言った。LJKとは最後の女子高生という意味で、「もうLJKだよ、やば~い」みたいな使い方をした。LJKという言葉は、自分自身の価値が女子高生であることにおかれていることを私に染み込ませるのに十分であった。
 多分、このことは私が援交とかいう言葉が流行った1990年代くらいからずっと続くことなんだろう。


 それこそリアルJK時代、私がずっと読み続けた南条あやの日記。南条あやにも「現役女子高生」というキャッチコピーがついていて、彼女自身自分の市場価値は「女子高生であること」にあると考えていた節があったようだ。そして実際、女子高生であるぎりぎりの日、3月30日に彼女は自殺した。そんな彼女の日記を「卒業式まで死にません」という題名で出版した出版社には怒りを感じる。たとえ、それが彼女の口癖だったとしても。

 

 21歳になったことで、自分が思春期の頃に陶酔していた日記の作者、夭折した詩人の年齢をまた一人越えてしまった。「孤独であること、一人であること、これが私の二十歳の原点である」と言った高野悦子もその一人で、私は彼女がなれなかった21歳になった。南条あやは3つも下。尾山奈々なんて6つ下だ。どんどん、遠くなる。

 最近、10代の頃に響いた作品が自分に響かなくなっていることに衝撃を受けている。まだ21だけど、もう思春期ではない。21はまだまだ若いと言われるけれど、それでも若さは私の手から刻一刻と離れようとしている。

 

 そういう意味でも21歳になるのは、意味をもっていた。「14歳からの○○シリーズ」「13歳のハローワーク」「17歳のカルテ」(私の大好きな映画ね)「二十歳の原点」とか、本の題名になったり、文学作品の中にとられるのは、二十歳までで、21歳から上は聞いたことがない。
 同年代の有名人が「10代の」「20歳の」という冠言葉がついて紹介される度、凡人のまま21歳になってしまったらどうなるんだろうという恐怖が、確かにあった。

 

 


 20歳の誕生日にはやたらと浮かれて、母のお金でしこたま飲んで、父の元同僚とお客さんに祝ってもらった。(そして、マーライオンしながらつくばに帰った)けれど、21歳の誕生日は、それはそれは穏やかだった。海外で誕生日を迎えるのは二回目だけど、海外生活の中で誕生日を迎えるのは初めてだった。


 11月11日になった瞬間、友達からのメッセージに返信して、母親にLINEギフトでハーゲンダッツを贈った。こうやって母親にプレゼントするのは、二十歳の誕生日の時から二回目。そして、爪を自分の好きな色に塗った。秋だからマッドな感じにしたくって、ベースとマニキュアを何度も重ねて塗った。


 翌日起きてからも幸福だった。うどんがどうしても食べたくて、西門の丸亀製麺までわざわざ出かけた。でもそうして食べたうどんは、「日本風」ではない、日本の、私が求めていた味とコシだった。そのあとは、薬局でフェイスマスクを買った。台湾の強い日差しに私の顔面は限界だったのだ。普段、メイクをしないからこそ、少しくらいスキンケアしなくてはと思った。ジュンク堂に行って日本の本も買った。台湾のことをもっと好きになれるような、タイポグラフの本と台湾の甘味についての本。それから、『イグアナの娘』ずっと読みたいと思っていた。そして読んでちょっと泣いた。すごい作品だ。夜は友達と一緒にはま寿司でお寿司と梅酒をたくさん食べた。酔っぱらった勢いで秋物のスカートとシャツも買った。


 穏やかで、幸福感に満ちていた。友達にたくさん祝ってもらったりもしたけれど、それ以上に、自分で自分を祝福している感覚があった。
 もう二十歳じゃないけれど、私はじぶんで自分を幸福にするし、魅力的な女性になろうと思った。「二十歳」とか若さをもてはやす誰かではなく、私の価値は私がわかっていれば良い。(もちろん、私の好きな人、大切な人が私に価値を見いだしてくれたら、たまらなくうれしい)

 

 私はどんどん大人になっていく。
 若さは確かに美しさになり得るけれど、年を重ねる美しさもある。私はそういう大人をたくさん知っている。だからきっと、大丈夫。
 
 だから、私の21歳の目標は、「今の自分に響くものにたくさん触れること」

 今この瞬間に響くものをたくさん拾い集めること、それが21歳の美しさになると思うから。もちろんこの目標には、あんなに多感で、あんなにしんどかった思春期の終焉に対する焦りも含まれている。でも、あの頃の自分に響かなかったような作品が、今の自分に響くから、きっとそれでいいのだ。むしろ、時代じだいでそうやって自分に響く作品があるということが、幸福なことであり、豊かなことだと思う。

 21歳は台湾で過ごす年である。22歳になるころ、私は留学を終えているし、もしかしたら進路も確定しているかもしれない。大事な一年、貴重な一年、というと自分自身でもにわかに緊張する。でも、そういうことよりどこに居ても変わらないこと、たとえば自分の声を大切にすることとか、心身ともに健康であること(これが結構難しい)とか、そういうことに気合いを入れていきたい。あと、猫背を直すこと!