きのこのこの雑記帳

どきどき台湾留学2018.9.1~ 沖縄と民俗と言葉と本と

11月16日 調子のすぐれない日

 

 今日はどうやら調子が悪い日。そういう日って訪れてしまうものだ。

 頭がぼんやりしているわりに、蛍光灯の光が痛くて、少しの音が胸に響く。神経が過敏になっている。何だか喉の奥が詰まっているようだ。

 

 不安になるからこうしてブログに書いちゃうんだけど、(少しの見栄でツイッター連携はしないことにする)脳が騒がしい日ってない?私にはある。考えがまとまらないくらいなら可愛いものだけど、昨日はそれで寝るに寝れなかった。身体は本当に疲れているのに。

 

 そういう時、例えば夢なのか起きているのか分からない状況がやたらと続く。本当に浅い眠り。金縛りにあったりもする。夢か現実か区別がつかない感じで幻聴聴いたりするからまじでこわい。

 そこまでヘビーなのは大学に入って生活が落ち着いてからは減ったし、台湾ではまだ来てない。昨日の夜はそれの軽いやつ、眠りに落ちようかという瞬間に身体がびくってなって目が覚めてしまったり、かなり浅い眠りを繰り返していた。うーん、つらい。

 

 前日に遊園地で遊び過ぎたのが悪いのか、月のものの前であることが悪いのか、そういう日が来ることに対して原因追及はたいてい無駄なんだけれども、堂々巡りが止まらない。

 

 でも私はもう21。こうした不調があるっていうこととも大分付き合ってきたし、こうした調子の悪い日をどう乗り切るかが肝なんだ。

 

 なので、今日の一日をまとめるよ。

 ちなみに先に言っておくけれど、私はここで最大の誤りをおかしています。そういうダメな日こそ早めに寝るべきなんだけれど、このやたら調子悪い脳を眠るモードにすることができなくてブログ書いているということ。

 

 今日は7時半に起床。8時10分から中国語の中間テスト。出来は口試に引き続いて、かなり微妙。問題自体、そんなに難しくなかったけれど、不安な答えが何問か。8割はあるかな。でも台湾に来てから9割をまだ切ってないので、ちょっとそれは悔しい。うーん、そうやって書くと結構嫌味な感じになっているけれど、台湾大学に来ている留学生って基本的に優秀な人が多いので、こういうテストの平均点はかなり高い。にわかなプレッシャー。まじめにやっていればいいんだけれど、最近集中できないからなあ。

 

 9時半には朝食(サンドイッチ15元)を買って帰宅、サンドイッチとコーヒー飲みながら映画を観るつもりだったけれど、調子の悪さを補填すべく、寝直すことに。

 

 ただ、そういうときって夜寝れなかったから調子が悪いわけで、そう都合よく寝れるわけないんだよね。ひたすら横になっておく。私の部屋は9階なのに、やたらと草刈り機の音が響く。延々と。草刈り何時間やってるんだ、寝れんと思っていたけれど、この音は本当か分からなくて、ちょっとホラー。

 

 調子が悪い時って本当に何にもできないよね。光はしんどいし、音楽も聴けないし、本も映画もダメ。目が文字の上を滑るし、集中なんてできっこない。でも身体の調子が悪いわけではないから、寝ておくのもなかなかできなくて。生命線はツイッターのみ。うだうだしているうちに15時。時空が歪んでいる。朝食に買ったサンドイッチを食べそこなったことに気づいたから、そそくさ食べる。でも、胃が食べ物を欲していない感じ。調子が悪いとすぐにこうだ。生理的欲求さえ消える。やばいやつ。それでも無理に食べていると、口の中で「ジャリ…」という感覚がする。卵の殻が入っていたみたい。これで完全に冷めた。

 

 ベッドの上に逆戻り。さすがに一日をこれで終えるのはきついから、お気に入りのカフェで手紙を書くことにする。台湾にはこだわりのカフェが多い。私の住んでいる公館は学生街だから、古本屋も、本を読むのにぴったりなカフェも多くて最高。カフェのお姉さんとオール中国語で少し話した。最近、街で英語を使われることがほぼ無いなってことに気づいてちょっと嬉しくなる。こだわりのドリップコーヒー(ドリップコーヒーは中国語で沖水咖啡)とホワイトチョコのスコーン、120元。少し高いけれど、無理にテンション上げて何か食べたいので、良いってことにする。お金で何とかなることは頼ってしまう、これが調子悪い時の鉄則ね。そうしてお金を使うことに罪悪感を抱いちゃだめ。

 つくばの友達、ドイツの友達に手紙を書く。本当は前から書いていたけれど、宛名を足したり、郵便に出すまでの最終調整をする。

 

 調子悪い時の鉄則その2、できる簡単な作業を済ませてしまう。あんまりできないことばかりだと、それはそれで落ち込むので、できることをコツコツと。そうしていると少し調子が良くなったので、そのまま郵便局に切手を買いに行くことにする。日本まで10元、ドイツまで12元。なんと日本国内の切手(はがき52円)より安いんだからびっくりする。台湾は文通が趣味として結構生きているらしくて、記念切手も盛んだし、郵便局も多い、売っているポストカードの数もかなりある。嬉しいね。ちなみに、10元の切手はドラゴンフルーツの絵柄。南国っぽくて台湾らしい。そのため、日本に居る友達に手紙を送る際には、いつも台湾の暑いこの空気も一緒に届けーとか思いながら、切手を貼る。

 

 できることをコツコツ済ませていくのは気分が良いので、調子に乗って夜市を散策。最近お気に入りの台湾式タコ焼き(45元)を買う。コンビニで炭酸飲料(20元)も買って、映画観る準備は完了。

 

 

 山田洋次監督の『母と暮らせば』(中国語で我的長崎母親)を観る予定だったけれど、まあ無謀でしたね。40分まで観て、あまりに集中できないからまた今度観ることにする。そういう時って内容は全然頭に入らないのに、やたら泣けるのは何で?いや、まじで脳がバグっているの??今年の春、同じ感じで夕日を見て泣くやつをやってしまったよ。

 本当は筑波大学の方から出ている博物館実習レポートも終わらせたかったけれど、無理に決まっていた。

 

 代わりにブログを書いた。やっぱり内容がないってことを恐れずに、ぼちぼち書くことを大切にしたい。そういう積み重ねの方って意外と重要で、内容がないと思っていても、後になったらそういうものこそ愛おしくなるのだから。そう思うと、ブログは非公開でやった方がいいのかな。うーん。

 

 本当に謎なんだけれど調子悪い日にものを書くと、ほんの少し楽になるんだよね。できればタイピングでものを書く方が良い。手書きだと文字を書くスピードと、考えるスピードが合わなくて、脳がバグるから。(本当にバグる。今書いている漢字と次に書こうと思っている漢字がくっついたりして大変、冷静になったらヤバいなこれ、伝われ)毎日繁体字を書いているから、そろそろ日本の漢字と繁体字が混ざりそうっていうのもある。

 

 そうしているうちにこんな時間だ。ところどころ時空が歪んでいる。

 さっさと部屋を片付ければいいのに、なかなかそれはできない。やる気がでない。今まで私が部屋を片付けられないのは、モノが多いからと思っていたけれど、そうじゃないようだ。台湾に持ってきているものはそんなに多くないのに、部屋は大混乱を極めている。相部屋との共同スぺ―スには絶対にものを置かないぞと決めているので(頭里前)それはぎりぎり守っている。

 

 あと、そういうダメな日ってさっさとお風呂に入るべきなんだけれど、それもなかなかできないよね。何でだろうか。今日みたいなかるーい感じじゃなくて、本当にダメな感じに陥っちゃうと、まじで社会的活動が無になる。毎年どこかの時期で無になってる時がある。ルームメイトもいて、出席が厳しい台湾でそれをやると死ぬ。

 

 うーん、どうしたらよいのだろうか。

 因みに去年も11月末に死んでいるので、まだまだ元気なここらで何とか上向きにしたいところですね。最低限、食べることと寝ることをクリアしないと。来週には母が台湾に遊びに来る。楽しみじゃないわけではないけれど、同時に色々大変だろうから、どっかーん期が来ないように注意。

kinokonoko.hatenadiary.jp

 

 私は経験知でどうにかしますよーと思いつつ、こんな時間まで起きているからもうダメですね。いや、ダメと思うからダメであって、ダメと思うことがもう既にダメだ。

うーん、少し眠くなってきたのでミラーレスカメラの充電だけやって、さっさと寝よう。明日はサイシャット族のお祭り。楽しみ

 

留学日記 11月15日 遊園地に行きました ー六福村ー

 11月15日、台湾大学創立記念日(今年は90周年)

 学校が休みだったから新竹にある遊園地、六福村に行ってきた。

 

 台湾のディズニーランドって言われているだけあって、ディズニーを意識しているようなところが多々あった気がするけれど、アトラクションは多いし、ほとんど並ばずに乗れるし、楽しかった。

 

 

 六福村に行く際、日本人が書いたブログなどを参考にしたから、ここにもメモがてら記しておく。

 六福村には動物園やプール、ホテルも併設されていて丸一日楽しめます。

 入場料は大人999元、学生899元、子ども699元、未就学児は499元

 でも、事前にセブンイレブンのibonで買えばかなり安く買える。大人二人一組で1111元だった。

 台北から行くには、松山空港から直通バスが出ている。

 片道127元、パンフレットによると、松山空港から六福村まではおよそ90分。

 悠遊カードも使えるので、楽ちん!

 

 

 しょぼい遊園地と侮ることなかれ、ジェットコースターの類も結構そろっている。一回転するタイプのジェットコースターもあれば、垂直落下型のものもあった。そうしたアトラクションはアプリで予約することもできるらしい。ということは、土日はそれなりに混むんだろうなあと予想。

 

 絶叫系が苦手だから、子どもも乗れるようなものにしか乗れなかったけれど、ギャーギャー叫んで喉をつぶした。

 

 

 昼間にはパレードもあったんだけれども、それがまだハロウィンテーマで行われていた。ハロウィンとっくに終わっているのに。11月いっぱいはそれで引き延ばすのかな、いさぎよい。

 

 ちなみに、キャストがてきとーに仕事しているのも良かった。

 閉園間近になると、キャストが制服のまま帰ってく様子が見える。パレードに出ていたであろう、欧米系の綺麗な方も疲れた表情で正面玄関にすたすた歩いていく。おいおい、職員とお客さんの出入り口は一緒なの!?その姿は、六福村の世界観(それはそれで多分ある、街中で突然パレードがはじまったり、アラジンがいるような、素敵な夢の世界だろう)と現実が確かに地続きでつながっていて、ちょっと面白かった。

 

 VRのアトラクションで遊んだ時も、スコープを装着してくれたお兄さんがずっとアカペラで歌っていてうけた。あんまりうまくないし。

 

 遊園地に限らず、台湾と日本では働くことに対する意識がやっぱり違う。台湾はお客さんとキャストの立場は平等。キャストはあくまで、そういう役割であるだけなんだよね。マックなどの飲食店でも、店員が休憩中、制服のままお客さんと同じフロアで飲み食いしている姿をよく見る。日本でバイトしていた飲食店では、水を飲むのにもお客さんから隠れる必要があったから、その差は結構大きい。

 

 逆に日本から進出しているチェーン店(大戸屋とか、はま寿司とか)は従業員教育がしっかりなされているようで、「いらっしゃいませー!」から始まる接客にちょっとびっくりする。(「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」だけ日本語で、あとは中国語の接客のところが多い気がする)慣れ親しんでいるはずのものなのに、どこか身構えるというか。そして、基本的にそういうお店は少し高級路線で経営しているので、日本で食べるよりも高くつくことも多々。

 

 日本で働くにあたっては感情労働が多くて大変だと思うし、一方で台湾の接客に対しては「何でこんなに不愛想で理不尽なこと言われなきゃいけないの??」と思うこともあるので、どっちもどっちなところはある。

 

 ただ面白いなって思うのは、チェーン店でも国によって差が出るところ。友達がいうには上海のディズニーのキャストは、やっぱりちょっと不愛想らしい。パリやアメリカのディズニーは一体どんなだろう。着ぐるみの中の人が変われば、やっぱりキャラクターであっても性格は変わるわけで、国によってミッキーの振る舞いも変わるのだろうか。

 グローバル化っていうと、世界の文化が均質化してしまうようなイメージを漠然と抱いていた。でも世界を旅行して、暮らしてみて思うのは、まだまだそんなこと無いなってこと。

 まさにグローカル。六福村の世界観は、アラブだったり、アメリカだったり、アフリカだったり、南太平洋だったりする。その中に東アジアは含まれていない。でも、遊園地で売っている食べ物は、ポップコーンやアイスなどに並んで高頻度で包子があった。ふとした瞬間に台湾を感じて、それがたまらない。

 

 

 話が大きくなった。

 写真は六福村のキャラクター、ハッピー君とハニーちゃん。ネズミじゃないよ、多分サル。チャープポイントは生まれた時から見事にカールしている前髪らしい。

 

 遊園地はいつも誰かに誘われていく。だからこそ、友達がいるから楽しいっていうのもあるなぁとしみじみ。今月はじめに行ったSHISHAMOライブもそうだったけれど、誰かが居るから、広がる楽しさもある。そういう意味で、有り難いなあ。

 

 

 

 ちなみに、今年の冬にはサークルのメンバーでディズニーシーにも行ったよ。

 同期6人のうち、台湾に留学しているわたしと、香港に留学している子が一人。4人はつくばで頑張っている。頑張っているんだろうなあ。留学が終わって、みんなの就活なり、院試なりがひと段落したらまた皆で行きたい。

 やっぱり六福村とディズニーって似ているなというつぶやきは封印しておく。

 

 

 

留学日記11月11日 21歳になりました

 

 昨日私は21歳になった。
 21歳、それは私にとって二十歳の成人より重い響きを持っていた。

 

 中学の授業で「その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな」という与謝野晶子の歌を習った。先生はこの歌を私たちに教えるとき、女性にとって二十歳は人生で最も美しい時期であるというような説明をした。(たぶん)そして14の私はぼーっと、そうなんだなあという風に聞き流していたと思う。

 

 私が高校生の時(そして多分今も)女子高生のことをJKといい、高校三年生のことをLJKと言った。LJKとは最後の女子高生という意味で、「もうLJKだよ、やば~い」みたいな使い方をした。LJKという言葉は、自分自身の価値が女子高生であることにおかれていることを私に染み込ませるのに十分であった。
 多分、このことは私が援交とかいう言葉が流行った1990年代くらいからずっと続くことなんだろう。


 それこそリアルJK時代、私がずっと読み続けた南条あやの日記。南条あやにも「現役女子高生」というキャッチコピーがついていて、彼女自身自分の市場価値は「女子高生であること」にあると考えていた節があったようだ。そして実際、女子高生であるぎりぎりの日、3月30日に彼女は自殺した。そんな彼女の日記を「卒業式まで死にません」という題名で出版した出版社には怒りを感じる。たとえ、それが彼女の口癖だったとしても。

 

 21歳になったことで、自分が思春期の頃に陶酔していた日記の作者、夭折した詩人の年齢をまた一人越えてしまった。「孤独であること、一人であること、これが私の二十歳の原点である」と言った高野悦子もその一人で、私は彼女がなれなかった21歳になった。南条あやは3つも下。尾山奈々なんて6つ下だ。どんどん、遠くなる。

 最近、10代の頃に響いた作品が自分に響かなくなっていることに衝撃を受けている。まだ21だけど、もう思春期ではない。21はまだまだ若いと言われるけれど、それでも若さは私の手から刻一刻と離れようとしている。

 

 そういう意味でも21歳になるのは、意味をもっていた。「14歳からの○○シリーズ」「13歳のハローワーク」「17歳のカルテ」(私の大好きな映画ね)「二十歳の原点」とか、本の題名になったり、文学作品の中にとられるのは、二十歳までで、21歳から上は聞いたことがない。
 同年代の有名人が「10代の」「20歳の」という冠言葉がついて紹介される度、凡人のまま21歳になってしまったらどうなるんだろうという恐怖が、確かにあった。

 

 


 20歳の誕生日にはやたらと浮かれて、母のお金でしこたま飲んで、父の元同僚とお客さんに祝ってもらった。(そして、マーライオンしながらつくばに帰った)けれど、21歳の誕生日は、それはそれは穏やかだった。海外で誕生日を迎えるのは二回目だけど、海外生活の中で誕生日を迎えるのは初めてだった。


 11月11日になった瞬間、友達からのメッセージに返信して、母親にLINEギフトでハーゲンダッツを贈った。こうやって母親にプレゼントするのは、二十歳の誕生日の時から二回目。そして、爪を自分の好きな色に塗った。秋だからマッドな感じにしたくって、ベースとマニキュアを何度も重ねて塗った。


 翌日起きてからも幸福だった。うどんがどうしても食べたくて、西門の丸亀製麺までわざわざ出かけた。でもそうして食べたうどんは、「日本風」ではない、日本の、私が求めていた味とコシだった。そのあとは、薬局でフェイスマスクを買った。台湾の強い日差しに私の顔面は限界だったのだ。普段、メイクをしないからこそ、少しくらいスキンケアしなくてはと思った。ジュンク堂に行って日本の本も買った。台湾のことをもっと好きになれるような、タイポグラフの本と台湾の甘味についての本。それから、『イグアナの娘』ずっと読みたいと思っていた。そして読んでちょっと泣いた。すごい作品だ。夜は友達と一緒にはま寿司でお寿司と梅酒をたくさん食べた。酔っぱらった勢いで秋物のスカートとシャツも買った。


 穏やかで、幸福感に満ちていた。友達にたくさん祝ってもらったりもしたけれど、それ以上に、自分で自分を祝福している感覚があった。
 もう二十歳じゃないけれど、私はじぶんで自分を幸福にするし、魅力的な女性になろうと思った。「二十歳」とか若さをもてはやす誰かではなく、私の価値は私がわかっていれば良い。(もちろん、私の好きな人、大切な人が私に価値を見いだしてくれたら、たまらなくうれしい)

 

 私はどんどん大人になっていく。
 若さは確かに美しさになり得るけれど、年を重ねる美しさもある。私はそういう大人をたくさん知っている。だからきっと、大丈夫。
 
 だから、私の21歳の目標は、「今の自分に響くものにたくさん触れること」

 今この瞬間に響くものをたくさん拾い集めること、それが21歳の美しさになると思うから。もちろんこの目標には、あんなに多感で、あんなにしんどかった思春期の終焉に対する焦りも含まれている。でも、あの頃の自分に響かなかったような作品が、今の自分に響くから、きっとそれでいいのだ。むしろ、時代じだいでそうやって自分に響く作品があるということが、幸福なことであり、豊かなことだと思う。

 21歳は台湾で過ごす年である。22歳になるころ、私は留学を終えているし、もしかしたら進路も確定しているかもしれない。大事な一年、貴重な一年、というと自分自身でもにわかに緊張する。でも、そういうことよりどこに居ても変わらないこと、たとえば自分の声を大切にすることとか、心身ともに健康であること(これが結構難しい)とか、そういうことに気合いを入れていきたい。あと、猫背を直すこと!

 

留学日記 11月3日 好きなものをたくさん摂取して SHISHAMOライブin台北!

 

  レポート書きたくないので、日記を更新します。前回の日記から約1か月たっていて、ほんとうにびびる。

 

 この一か月は色んなことがたくさんあった。博物館でのガイドでのテスト、ガイドの本番、女性のための映画祭、パイナップルケーキ作り、言語交換、音楽祭、弟との二人旅、淡水への小旅行。その間に日本の友達とも電話して、手紙を書いて、本も読んだ。図書館戦争のDVDを一気見したりもした。1か月が経つのは早いけど、その密度にはクラクラする。毎日中国語の授業があって、その他にも台湾映画の授業や台湾史なんかも学んでいて、毎日色んなことが起こりすぎている。この一か月の中には、衝撃的で悲しい出来事もあった。今の自分はまだそれを語る言葉を持たないし、まだ語る時期じゃないと思っている。でも、いろんなことが起こっているなかで、私はそれをちゃんと自分のものにできているのだろうか。ちゃんと自分の気持ちを置いてけぼりにしていないだろうか、と思う。

 だから書こうっていうのはいつもの結論。書きながら思ったけれど、台湾留学2か月目、そろそろ慣れてきて活動的になったことから、自分の中のバランスがまた崩れてきてる。駆け出しすぎない、自分のリズムをとる。

 

 話変わって、昨日SHISHAMOのライブに行ってきた。

 

 ライブの様子とか、セトリとかはこのブログが詳しく書いてくれてる。

lyfe8.com

 

 楽しかった。SHISHAMO好きの友達に感化されて行ったライブだったけど、行って本当に良かった。オールスタンディングで、客層も若めで、リズムに乗りまくるライブっていうのもはじめてだったし、SHISHAMOはもともと好きだったけど普段どっぷり聴いているわけじゃないっていうのもあった。だから、何もかも新鮮でそれがまた良かったんだ。

 

 SHISHAMOにとっても初めての台湾ライブで、それ故ものすごく贅沢なファンサービスをしてもらったと思う。今、SHISHAMOをこんなに近くで見られるのか???っていうくらいのキャパのライブ会場で、目の前で演奏を聴いて、ライブの最後にはハイタッチ会もあって。(ベースの松岡ちゃんの手が小さくて、びっくりした。あの小さな手で音楽を奏でてるんだな。すごいなあ)

 

 SHISHAMOの3人がMCを初々しく中国語でやっている姿もすっごく良かった。みんなで「好~~~~!」って返したり、ボーカルの朝子ちゃんに「台灣很熱!!」を教えたり。私も下手な中国語で反応して、中国語学習者で良かったなって思った。ライブの参加者の中にも日本人はたくさん居て、さらに日本語を理解できる台湾人も多そうではあるけれど、やっぱり、自分の国の言葉を覚えてきてくれるって嬉しいよね。私も台湾人じゃないけど、嬉しかったもん。

 

 音楽聴きながらとか、帰りの電車で色々考えたけど、昨日の思ったことは「今の自分に響くものをたくさん摂取していきたい」ってことに尽きる。それこそSHISHAMOのライブとかね。

 

 最近、中学生相手の日本語ガイドをやったり、図らずとも子どもだった頃を思い出してしまう出来事が重なってること、それから台湾での生活が軌道に乗っていて、自分はどこでもちゃんと自分のペースで生きていけるんだという自信があるからか、自分が思春期から大分離れていっていることを感じる。

 あの頃より、痛みをやり過ごすことを覚えたし、自分を保つことも大分上手くなったけれど、あの頃響いた音楽や言葉が今はもう響かないっていうことに焦る。もちろん、中高生の頃だったらそんなに響かなかっただろうと思う作品もあるし、感じ方が変わることそのものを楽しめる作品もある。それでも、自分の中で大分こじらせていた思春期の終焉に、寂しさを隠すことはできない。

 中高生の頃は「多感な時期」と形容されることが本当に嫌だった。今の自分にはその出来事が悲しかったり、嬉しかったり、とにかく本気なのに、それは時期的なものであって、「多感な時期」を乗り越えたら何でもないのよと言われているようだったから。でも、今は本当に中高生の頃って多感だったなと思うわけですよ。もちろん、今だってその延長線に居て、世間的には二十歳も大分多感な時期なのかもしれませんが!

 

 私には成長過程、その時々に心酔した作品がある。その作品を今の自分の感性で楽しめるかって言ったら、そうじゃないものもたくさんあるんだけども、その作品が今でも自分を支えてくれているのは確か。どれも自分の血肉となっている。その作品を読み返すときには、ふっとあの頃の自分に出会えるような気もして、それが自分をたくさんたくさん豊かなものにしてくれている自信がある。

 

 だから、今の自分に響くものをたくさん摂取したい。(そういいながら、iTunesSHISHAMOの音楽を購入してしまった。Cocco椎名林檎以外に音楽を買うのは久しぶり)

 そうそう、ライブで「受験生ですー!」って言っていた日本人の女の子がいた。MCでは「(受験生なのにわざわざ来て)大丈夫なの???」って返していたけれども、受験を差し置いてでも来たかったライブがあるって素敵だなあと思いました。1日くらい勉強しなかったことが合否に関わるわけではないと思うし、それ以上のものを彼女に残したんじゃないかな。(これは一緒にライブに行った友達、全員一致で「あの子はライブに行けて良かったね」という意見だった)

 

 

 ここからは完全に蛇足だけど、SHISHAMの中で私の好きな曲を貼っていきます。完全にニワカだけど、怒らないで聞いてね。

 

 


SHISHAMO「中庭の少女たち」

「大人になって酸いも甘いも知った時

 今日のお昼と同じように笑いあえるかな

 大人になって大事なものが見えた時

 またこの中庭に集まって笑いあえるかな

 なんて、私だけなのかなぁ。」

っていうサビが可愛くって、でもその切なさ分かるよ、うんうんっていう感じ。ポップさと相まって瑞々しい音楽。

 

 私もね、中学校の美術室のベランダが特等席で、おんなじことを思っていたな。成人パーティー行かなかったけれど、その頃ずーっと一緒にいた子とは音信不通なんだけれど。逆に、卒業したらそれっきりだろうと思っていた人と今でもつながり続けていて、色々分からないものなんだよね。成人パーティーに行かなかったことも、連絡の取れない友達がいることも、悲しいとか寂しいとか全然違う次元に感じるというか、縁があればまた会えるさと思えるくらいの気楽さがあるというか。ほーんと中高生の頃の自分なら考えられないことだ。そういう思いをひっくるめて好きな曲。かわいいの。

 

 


SHISHAMO「水色の日々」

 

「だからもう少しだけで良い

 私まだ大人になるのが怖いから

 この水色の日々が色褪せるのが怖いの

 だからいつでも思い出せるように

 焼き付けたいの

 今日だけは泣いたって良いでしょう?

 焼き付ける 最後の水色」

 

「中庭の少女たち」と同じ感じで好きな曲。

ここでいう「大人になるのが怖い」っていうフレーズ、大人になって責任が課されるのが怖いわけではないんだよね。「今」が過ぎていくこと、色鮮やかな「今」を忘れていくことが怖い。

 私、高校のことがだいっきらいだった。卒業の日を指折り数えていた。強烈に覚えているのは、卒業アルバムに載せるコメントのことだ。卒業アルバムの個人写真のわきの部分に各々一言掲載することになったんだけども、周りが「楽しい3年間でした」と書く中、絶対に私はこの3年間を「楽しかった」とか単純な言葉で表象しないぞって思った。

 時間は思い出を美化してくれるものだし、現に私は自分の高校時代をそんなに悪いものじゃなかったように思う日もあるんだけど、一方で自分の強烈な拒否反応みたいなものを絶対に忘れてやらないぞって思っている。それを「楽しかった高校生活」みたいなものに収束させてしまうのは、あの時の自分を蔑ろにするようだから。

 

 あ、SHISHAMOが歌っている水色の記憶は、もっとかわいいものです。私のいつまでも置いてけぼりの憎悪とは全く違う。私には変顔の写メも無ければ、授業中こっそり交換したメモ書きもないです。

 


SHISHAMO「熱帯夜」

 

 上2曲は昔の自分を思い出して、ふふふとなる感じの好きなんだけれど、「熱帯夜」は大学生の自分が好きな曲。暑くて眠れない深夜にこの曲聞きながら、文章を書きたい。本を読みたい。勉強したい。

 大学生になって、中高生の頃響いていたものが響かなくなった分、逆に響くようになったのが恋愛もの。経験ってすごい。「好き」って最強だよね。彼氏とか彼女とか、恋愛関係にならなくても、好きってすごい。そういう意味では、私は大学生になって色んな意味で良い出会いに恵まれているんだなあと思います。あ、「熱帯夜」みたいな恋をしたことはないです。

 


SHISHAMO「明日も」

好きな曲って言ってこれを挙げないわけにはいかないでしょ!という曲。昨日一緒に言った子たちは、SHISHAMOっぽくないって言っていて、横で私は小さくなるしかできなかったんだけど、それでも好き。

 SHISHAMOの中で一番有名だと思うし、私も去年の紅白でこの曲を知った。

「良いことばかりじゃないからさ

 痛くて泣きたい時もある

 そんな時にいつも

 誰よりも早く立ち上がるヒーローに会いたくて

 痛いけど走った 苦しいけど走った

 報われるかなんて 分からないけど

 とりあえずまだ 僕は折れない」

 私の留学の応援ソング。楽しいだけの留学なんてあり得なくて(その反対にはもちろん苦しいだけの留学もないんだけど)だからこそ、この歌が響くんだよね。「とりあえずまだ」っていうところも良い。人間らしいっていうか、アップテンポな曲調のように刹那的な感じがするというか。でもこの勢いって大事だから。ここでいう「ヒーロー」が誰なのか明確にされていないところも好き。ヒーローって、それこそ好きな人でもそうだけど、好きなバンドとか、何なら人じゃない可能性もある。人それぞれヒーローが居て、だからこそ駆け抜けられる。

 

 

 

 ここまで昨日のライブの余韻に浸りながら書いて、(なんと5000字!)SHISHAMOってかわいいなあってやっぱり思うわけですよ。

  何を言い出すんだって感じだけれど、わたし、SHISHAMOが好きな女の子にずっと憧れていた。(同じ系統で行くと、チャットモンチーが好きな女の子も)(私もSHISHAMO好きだけど、それでも友達がライブに行くから一緒に行く程度であって、やっぱりCoccoとかとは比べ物にならない)だって、SHISHAMOそのものもかわいいけれど、SHISHAMOが好きな女の子も同じようにかわいくて、明るいから。SHISHAMOの歌に出て来る女の子も悩んでいることはあるけれど、それでも何か明るい。健全的に悩んでいるというか。拗らせていない。そういうところに何か、敵わないなあって思うんだよね。

 

 昨日のライブでも、ずっと思っていた。それは○○のファンとかそういう次元のことじゃなくてね、「SHISHAMOが好きな女の子」っていうラベルも実は大したものじゃないと思うんだけれど。逆にWANIMAが好きな女の子(勝手なイメージだと、スクールカーストの上位に居て女バスに入っているような女の子。卒業式の寄せ書きに「感謝」と大きく書いていたような女の子)は遠い世界すぎて憧れることはないんだよね。

 

 仮にCoccoの好きな曲を並べて書くなら、こんな軽い感じに5000字書けない。絶対に涙しながら書くことになる、世界と自分への憎悪と沖縄の呪いと、でもそれでも手放せない思いみたいなものを。それは痛いものであって、こうして気軽にブログに載せるものではない気もする。(そのわりにこのブログは赤裸々なんだけど)

 

 この「SHISHAMOが好きな女の子」に憧れる思い、みたいなのも今の自分の素直なものであることに違いはない。それは僻みでも、今の自分を卑下するものでもない。それに私の中にも「SHISHAMOが好きな女の子」な部分はある。そういう発見や、素直な思いもまた、自分を形作るような大切なものだと思うんだよね。

 

 

前回の日記から1か月分のツイート