雑記帳

沖縄と民俗と言葉と本と

高校の同窓会に行かなかった

 二十歳の記念の同窓会に行かなかった。
 寂しい奴だなとは少しだけ思う。でも同時に、行かないという判断ができたことに対して、自由になったんだとも思う。

 母校を憎んでた。あの3年間は私が生きてきた20年で一番苦しかった3年だったし、自分の人格を全否定されたかの気持ちになっていた。正直、私の生きづらいところとか、クラスメイトは馬鹿にしていたと思う。「素直にセンター試験の勉強しろよ」みたいな。そして、私も彼らのことを心の底から羨ましいと思うと同時に、少し馬鹿にしていた。

 そんな3年間だったから、私は「同窓会なんて行ってやるもんか!!」と思うと考えていた。もしくは、卒業パーティのように何だかんだ流されるままに参加するのかと。でも、実際に成人パーティの知らせが来た時、私はどっちの感情も沸かなかった。

 別に会いたい人も会いたくない人もいなければ、参加してもしなくても良い。だって、会いたい友達とは帰省の度に会っているし。恩師がパーティに来るなら会いたい気もしなくもないけれど、私は大人数で先生を囲んだとき、何かを話せるタイプじゃない。やっぱり折に触れて手紙を送る方が性にあっている。

 そもそも、卒業してたった2年で、何がそんなに変わると言うのか。大学別でおしゃべりしてたら、県外に行った私はそこに入っていけない。会費の8000円が高かったというのもあるし、仲の良かった友達も行かないと言うし。

 結局のところ、散々悩んで出した結論は、今が大事ということだった。今大学でやってることに夢中で、過去を懐かしむとか、どうでも良いと思ってる自分がいた。高校時代なんて掘り起こしても、闇しかないし。

 でも、これは自分でもよく分からない感情なんだけれど、同窓会に行かなかったという事実を書き記しておきたい。別に胸を張って、行かなかった事実を誇ってるわけじゃないから、ますます混乱する。多分、素直に同窓会に参加した方が、その参加した意味みたいなものを考えずに済んだだろう。そもそもそういうところで悩むあたりが、高校時代を暗黒にした要因である。



 私の高校時代。
 メディアは高校時代を青春とか言って煽る。私はその三年間を苦しいものにしたということが残念でたまらない。その苦しさは、大切なものだったと分かっているにも関わらず。

 でも行かなかったということは、そのクソみたいな高校の、自分を散々苦しめた価値観からの逃亡でもある。冒頭に書いた自由になったんだという感情はここから来ている。今回行かなかったことについて、自由は意識的に選び取る必要があるんだなあと思った。そして、やっぱり、行かなくて良いやって思えるくらいに、すっきりした自分に安心した。他人に踏みつけられたような気に勝手になっていたあの頃とは違うんだって。自分の自由は自分で保障するんだって。

 いや、行けば行ったらで、話す人はいるし、そこそこ楽しかったんだと思うんだけれどね。

 うーんこのことについて、数年後、もっと大人になったらまた思うことは、また変わってくるのだろうなぁ。もやもやした気持ちを、とりあえず言葉にしてみる。

 

新年あけましておめでとう

 新年あけましておめでとう

 年末年始で沖縄に帰っている。年はいつの間にか明けていた。年を追うごとに、年末年始のわくわくが減ってる気がして悲しい。あの浮ついた空気が大好きだったのに。

 今年の目標は、言葉にすること。記録すること。書くことって、やっぱり意識しないと忘れてしまう。そうして言葉がこぼれていくのがすごく惜しい。そして、それだけの余裕がもてるようにはしたい。それが私が人間らしくいられる最低ラインだと思う。

 沖縄に帰って、早1週間。今回の帰省は親戚以外の人とほとんど会ってない。いつもは遊ぶ予定でパンパンにしていたのに、何でだろう。普段があまりにも忙しくて、のんびりしたかった。それから、今に夢中で色々まぁ良いやって思うのかもしれない。

 それなのに、沖縄にいると自分の感性がいつもの数倍鋭くなったように情緒不安定になる。つらい。寝る前にふと不安に襲われる。ふとした瞬間に、高校までのあの感じが襲ってくる。高校時代を懐かしめるくらいには大人になった気がしてたのに。沖縄で聴くCoccoはあまりに合いすぎて、どこか打ちのめされる。沖縄が私の問題意識だと思う。でも、好きとは言い切れない、まだ。

 だから、やっぱりまた書かずには居られなかったんだと思う。何を書きたいのか分からないままに。

 今日は、弟の運転で金武宮と泡瀬ビジュルに行った。初詣って沖縄ではいつ頃から浸透したのだろう。あとで調べよう。

 金武宮の境内ではタコライスのキッチンカーが停まって、ついにやけてしまう。御朱印も頂いた。これで、琉球八社は制覇。曼荼羅も見られて楽しかったけれど今度は鍾乳洞に入りたいな。

 泡瀬ビジュルには人がたくさん居てびっくり。泡瀬ビジュルが神道に組み込まれていく様子みたいなものに興味がある。それこそ鳥居の建立とか。境内には旗頭もあった。
 
 調査と呼べるほどでもないけど、色々見てるもの、それが高校時代とは違う見え方していることに気づく。ずっと忙しくて、目の前の課題をこなすのが精一杯で、自分がどこに立っているかを考える暇もなかったけれど、少しは成長してるのかもなと思った。

 ちなみにだけど、今年行った神社では大吉2回と中吉1回ひいた。良い年になる気がしている。
 




劇団四季 ライオンキングを観に行った(感想)

 

 推薦休みに疲れ果ててたのが、11月末。

 そこからまた学校がはじまり、ずっと走り続けてきた。いつも忙しいことには変わりないんだけれど、今回はいつも以上だった。語学検定試験を受けたり、演習発表×2を乗り越えたり、集中講義で単位を取りつつ、大量の課題もこなしたり。

 

 要領が悪いなりに頑張ったから、ミュージカル好きの友達と一緒に、念願の劇団四季『ライオンキング』の観劇してきた。

 

 感想から言うと、『ライオンキング』は最高だった。

 

 ミュージカルを生で観たこと自体初めてだったけれど、こんな世界を今まで知らずにいたなんて、惜しいことをしたと思う。舞台は、映画やアニメより空間的制約が多いはずなのに、昨日は舞台が本当にアフリカに見えた。舞台で演じられてた動物は、本当に表情豊かだった。

 

 開園前、友達に「『ライオンキング』では草役もある」と言われた時、どっかのギャグマンガかよと思っていた。しかし実際に観劇したら、そのツッコミが如何に浅いものだったかを知る。アフリカの自然、それは動物だけでなく、植物も含まれる。『ライオンキング』のストーリーや核みたいなものを忠実に表現するなら、植物も生き生きと演じる必要があるんだろうなって思った。(伝われ)

 観劇後に興奮のままに買ってしまったパンフレットには、「自然の連環」という言葉が使われていた。あの舞台で、自然の連環という空間的広がり、時間的広がりを表現してしまうなんて、本当にすごい世界だ……。

 

 セリフのある役の方々はもちろんだけれども、細部まで素晴らしい作品だった。見どころが多すぎて、どこに注目したら良いか迷うくらい。なるほど、これがリピーターを生むのか。(一緒に行った友達は『ライオンキング』3回目、四季そのものは十数回だとか)

 『ライオンキング』のストーリーそのものは分かりやすくて、劇場には子供の姿もチラホラ。でも、だからといって大人には物足りないかっていうとそんなことはない。動物たちのパペットや、夕日や星といった演出が前衛芸術っぽくて本当に見とれてしまうのだ。もちろん、歌や踊りも素晴らしい。人間の身体の可能性なんて考えてしまったくらいだ。伸びやかで、軽やかで、セリフがなくても身体で訴えてくるものがあった。表情が豊かだったのだ。

 

 私は運動も、音楽もできないし、いつも身体をないがしろにしてきた。だからこそ、身体を存分に使う舞台芸術にガツンとやられたのかもしれない。本当に美しかった。

 

 演出については、人形浄瑠璃インドネシアの人形劇にも影響を受けているらしい。(これもパンフレットにあった)もともとはアフリカをテーマとしたディズニーの作品『ライオンキング』が劇団四季で舞台化するにあたって、さらに世界観が作り上げられていく。その過程にはアジアの文化も混ざっていくなんて面白い。

 

 考えてみたら、命の連環というテーマは仏教観にも通じるものを感じる。(実際、劇場化にあたってこのテーマを強調すべく演出の変更なんてもあったらしい)一方で、途中で黒人霊歌が歌われるシーンもある。観る側の視点次第でいくらでも発見があるなんて、本当に深い作品だと思う。

 

 劇場に居た子供を観ながら、こういうのを小さいころから観て育つとどんな子供になるんだろう、と思った。文化資本だよね……。大学進学の為に本土に来て、就職にあたって沖縄に帰ろうかなと気持ちが寄ってきていたけれど、やっぱり圧倒的な凄いものに触れられる環境の素晴らしさを知ると躊躇してしまう。(沖縄で触れられないかというと、また違う素晴らしさもあるわけで、ややこしい問題なんだけれど。)

 

 大学生、学びは大学の外にも転がっているわけで、たくさん触れて、たくさん吸収したい。

はじめてみる作品に『ライオンキング』を勧めてくれたうえ、熱心に教えてくれた友達には本当に感謝。すごく良かった。おかげでハマりそうです。

 

 

 

 

 余韻に浸りながら眠りについて、今日はゆっくりしつつまた一日勉強。頑張る為にはその分たくさん息抜きも大事!

 今週もテスト二つにレポート一つ、演習発表一つというハードスケジュール。人生ぎりぎりで生きてる感がつらいけれども、『ライオンキング』観た時、不覚にも生きててよかったと思ったので、年末まで走り抜ける。

推薦休み反省

 

 

 いつも雑記帳扱いしているけれど、いつも以上に自分用の記録。

 

 7連休だった推薦休みが今日で終わる。もっと正確に言うと、私は11月19日に宗教学実習が終わってから疲れ果ててしまって、翌日の20日・21日は一コマのみ、22日の勤労感謝の日を挟んで、23日も2コマしか行けていない。普段は義務教育並み(ほんの少し盛った)の時間割をしているから、随分休んだ気がする。

 

 それにしても学校の授業は好きだし、高校と違って自分の存在を否定されるような感覚もないんだけれど、やっぱり無理な日はまだある。自分の感情がコントロールできない感覚。そうした体質って割り切れている部分もあるけど、難しい部分もある。

 

 これだけ休んでやったことを列挙する。

・コートクリーニング

 今まで毛玉がついたまま着ていたけれど、これから冬本番だから気合を入れた。

 

常備菜づくり

 本当はそこまで立派なものじゃない。キャベツ、長ネギ、ゴボウ、ニンジン、白菜、大根等々買ってきて、下ごしらえをしたうえで小さく切って冷凍。しかし、動ける時にこれをしていたおかげで後々とても助かった。鍋に水とだしパック、上の冷凍野菜を入れるだけで、まともな野菜スープの完成。まともな自炊をする気力もなかったし、私の場合メンタルがダメな時はたいてい胃も一緒にダメになっているので、このスープのみで生きていたようなもの。因みに私の主食はうどんなので、この野菜スープにうどんをいれて食べたりもした。

 

・髪を切る

 春に切って以来伸ばしっぱなしだった。しかも当初はボブで伸ばす気のない髪型だったこともあり、痛んでいるのが気になったため。でも本当はむしゃくしゃした気分をどうにかしたいっていう気持ちもあった。

 初めて行った美容室だったけれど、良い美容師さんに当たったらしく、成人式前なのに髪を切りに来た私を全力で止めてくれた。最終的に痛んでいるところだけ切ったほか、成人式後も伸ばせるような髪型にしてもらった。

 

・介護等体験のお礼状

 重い腰をあげてようやく書けたお礼状。どんなに遅れても1か月以内だよなぁと思っていたので、ギリギリです。もっと早めに書くべきだった。

 私は手紙を書くのが大好きで、友達宛てとか、先生に宛てる時は封筒に入り切れないくらい書くのに、このお礼状はどうも苦手。形式ばりすぎているというか、なんというか。しかも今回は実習最終日に感想を提出してあって、私はそれに色々込めたつもりだったから、なかなか筆が進まない。うーん、どれも言い訳だ。

 

・パスポート更新

 ラオス研修を前に高校一年生の頃取得したパスポートの期限が切れそうなので、20歳を待って10年のパスポートに更新。私は住民票をまだ沖縄から移していないので(というか移す気ない。今のところは沖縄県民で居たい。仮住まいの茨城の選挙区に投票するより、沖縄の政治に参加したいので)実家から住民票を送ってもらって手続き。市役所に行ったら、係の人が出てきてつきっきりで申請できた。住民票の関係で面倒臭いことになることを覚悟していたから拍子抜け。受け取りは12月になってからだけれど、土日でもよいとのこと。便利でらくちん。沖縄で取得した時は学校を早退して那覇まで行くしかなかったので、その感動は一入。

 この時も調子は良くないので偏頭痛に耐えながら行ったんだけれど、後にこの行動も良かったと知る。

 

・冬ごもり準備

 正確に言うと、GUでムートンブーツとニット帽、セーターを購入した。私は去年から冬はGUのムートンブーツを気に入って履いている。何が良いかって、一番は価格。去年はアプリ会員限定セールの時に買ったから、なんと800円。でも侮ることなかれ。このGUのムートンブーツ、1シーズン毎日履いていてもしっかり耐えてくれるのだ。しかもちゃんと暖かい。形も色も結構可愛い。

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・中国語勉強

 ここで中国語の進捗を生むはずだったけれど、少ししかできなかった。途中までは頑張っていたけれど、やらなくちゃという意識でメンタルをこじらせていることに気づいた時から中断。しんどい時に無理して机に座っても、頭に全く入ってこないから、これはやむを得ないかな。

 

・宗教学実習 フィールドノートまとめ

 本当は宗教学実習レポートまで書き上げるつもりだったけれど、フィールドノートまとめで精一杯だった。フィールドノートはその場や当日書けたら良かったんだけれど、かなりのハードスケジュールで、できたのはメモ書きくらい。だから、自分の興味関心を整理する意味も含めて、後日撮りためた写真を整理しながら聞き取った話をまとめる必要があった。

 

・個別教室でのバイト

 休みたかった気持ちもあるけれど、受け持ちの生徒の受験が迫っていることもあり、行った。バイトがあることで、ご飯を食べたり、アイロンかけたり、社会的生活を営めたところはあると思う。バイトに行くまではしんどいしんどい言ってたけれど、行けば何とかなるものだった。スイッチが切り替わるように、いつもの自分に戻れた。でも、やっぱりそれは無理しているってことでもあって、許される時くらいは思い切り鬱々したいなって、帰路に帰る自転車を漕ぎながら思った。

 

 

 

 このことの他には、高校の友人に愚痴吐きの電話をしたり、大学の友達とご飯に行ったりしたけれど、あとはずっと寝ていた。本当に記憶がない。推薦休みが始まる前の計画では、カラオケとか漫画喫茶にも行く予定だったし、富士山を見に山梨一人旅を計画していた。積本だって溜まりまくっているし、観たい映画もあった。でも、一旦疲れ切ってしまってからはそんなことも叶わなかった。ストレス解消は、楽しいストレス解消ができるうちにやった方が良いなっていうことを学びました。(これも何回目かの学び、知っているのと実践できるのでは違う)

 

 動けたのは最低限。でも羅列してみると、その最低限はいつもやりたくても後回しにしていたものだったりするから、それらを片付ける為の良い機会だったってことにしたい。

 認めたくないけれど、私は要領が良いタイプどころかその逆。キャパも大して大きくない。それなのに、11月は実習二つに学園祭、弾丸帰省なんて詰め込んだから疲れてしまった。本来なら日々ちょっとひと息、みたいな時間を取るのが理想なのにそれができないから、どっかーんとくるんだろう。うーん、反省。

 

 推薦休み最終日の今日、良い出来事が一つあった。

 大学の研修で春休みにロシアとアルメニアに行けることとなったのだ。研修はロシア語履修していることが条件だったうえ、私は英語もボロボロ。だからダメ元で応募していたのだけれど、どこで誰が拾ってくれるか分からないものだ。大学から航空券と給付奨学金を貰って海外に行ける機会はまたとないチャンスだと思う。しかも、自分じゃなかなか行けないロシアとアルメニア。特にアルメニアはその宗教にとても興味がある。だから、今からとっても楽しみ。

 でも、研修に合格したということは春休みも忙しくなるということでもある。今度はちゃんと自分の気持ちを置いてけぼりにしないようにしたい。頑張ること以上に、私にとってはそれが大切。

 

写真は推薦休みで唯一楽しかった夜。友人が鬱屈とした部屋から連れ出してくれた。このお店、ナポリタン専門をうたっているだけあって、ナポリタンの為に生まれてきた麺がとっても美味しい。