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マリー・アントワネット物語展(沖縄)感想②

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昨日の記事マリーアントワネット物語展(沖縄)に行ってきたに引き続き、沖縄県立博物館で行われている「マリーアントワネット 物語展」の感想。

 「マリー・アントワネット

 彼女の名前を聞くと思うのは、豪華絢爛なドラスや装飾品の数々、幾度もなく開かれた大規模な舞踏会。そして、無残な死に方だ。

 しかし、その印象はあまりに短絡的なものだったと思った。そう知ることができただけで、沖縄県立博物館で行われている「マリー・アントワネット物語展」に行った価値があるだろう。

 マリー・アントワネットはオーストリアの皇室に生まれ、わずか14歳でフランスへ嫁いだ。プロローグで展示されている肖像画は思った以上に幼くて、一人で祖国を離れなければならなかった痛みや寂しさが伝わってくるようだった。

 

 

 私は今、15歳。フランスへ渡ったマリー・アントワネットとあまり変わらない年だ。だから、思わず重ねてしまった。

 「私なら、どんな思いで祖国を離れるだろうか?」

 「私なら、寂しさに押しつぶされないだろうか?」

 私は、親元で暮らしている。近所には頼れる親戚もいる。マリー・アントワネットとは、環境は違いすぎる。それは時代や家柄を考えると、当たり前のことなのかもしれない。でも、私は14歳のマリー・アントワネットが背負った重圧のことを考えずにはいられない。

 

 

 その寂しさからだろうか?マリー・アントワネットは享楽的な遊びに夢中になっていく。フランスの財政を顧みず、自由気ままな金遣いには問題もあった。それは、フランス全土を巻き込む問題となっていく。民衆は苦しんでいるのだ。食べ物には困らない今とは勝手が違う、あの時代。飢え死んだ民衆もいるだろう。身売りした民衆もいるだろう。彼らのことを考えると、マリー・アントワネットの行いは褒められたものではない。でも、若い王妃の苦悩にも思いを巡らすと、幾度と無く開かれた舞踏会で気晴らしができていたらいいのになと思ってしまう。

 私のその感情は無責任だ。部外者だから思えることだ。そう、分かっている。しかし、あのマリー・アントワネットはきっと、悪意があったわけではない。ただ周りが見えてなかっただけだ。ただ、政治的な能力に欠けていただけだ。

 

 

 第2章で、私が気に入った一枚の絵があった。

 それは、<王妃マリー・アントワネットと子どもたち>というものだ。無事、子どもを出産し、ようやくマリー・アントワネットの孤独も満たされたことだろう。つかの間の一家団欒は、とても幸せそうだった。たとえ、王室であっても、家族の形は変わらないということに感動した。また、マリー・アントワネットの長女、マリー・テレーズの笑顔が眩しかった。この先、彼女を襲う困難の数々や笑わなくなった彼女を思うと苦しくなるほどだった。一枚の絵を見て私が抱いた感情は、物語展が進むほどに大きくなっていくのを感じた。

 この物語展の特徴として、マリー・アントワネットが持っていたという豪華絢爛なドレスや懐中時計、さらには扇子の展示が多かった。そこで知った以外な事実は、マリー・アントワネットの好みが結構日本的であることだ。私が勝手に持っていた派手好きなイメージは崩れ去り、彼女のおしゃれに共感する面が多かった。

 

 特に、目を引いたのはドレスだ。今の時代でも受け入れられそうなナチュラルなドレスも多かった。フランス式のドレスより、軽い感じの「羊飼いのドレス」の方を好んでいたと聞けば、田舎でそれを着てたたずんている姿が想像できた。あの時代の女性たちがファッションリーダーでもあった王妃に熱狂したわけが分かる気がした。それほど、ものを通じて感じる彼女の存在感は大きい。

 

 

 しかし、そのような幸せな日々も、脆くも崩れてしまう。おしゃれや舞踏会に費やした金が財政を圧迫し、首飾り事件をきっかけに王妃の人気も地に落ちたのだ。

 

 

 フランス革命により変わっていくフランス。王家の威厳はそこに無かった。ルイ16世も王妃であるマリー・アントワネットも、塔に捕らえられてしまうのだ。

 

 それでも、マリー・アントワネットは王家としての誇りを捨てなかった。その姿は美しかった。どんなに気飾っても見えなかった美しさがそこにはあった。

 

 

 マリー・アントワネットルイ16世の妹に託した遺書の内容はこうだ。

 

犯罪者にとって死刑は恥ずべきものだが、無実の罪で断頭台に送られるなら恥ずべきものではない」

なんて、強いのだろうか。プロローグで見た少女の幼さはここには無かった。

 

 

 民衆を苦しめた責任がマリー・アントワネットにどれだけあるのか、私には分からない。また、亡命のことや革命時の情勢を考えるとマリー・アントワネットは処刑されて当然なのかもしれない。

 

 

でも、私はどうしても彼女を責めることができない。

 

 まさにマリー・アントワネットは、悲劇の王妃といえるだろう。

私は、この悲劇の王妃に惹かれた。

 この物語展に足を運んで本当に良かった。

 

 

マリー・アントワネットの周辺について 

 

マリーアントワネット - Wikipedia

マリーテレーズ・シャルロット・ド・フランス - Wikipedia

ルイ16世 (フランス王) - Wikipedia

ルイ17世 - Wikipedia

編集後記

物語展は2時間半ほどでまわることができた。機会があったら、また行きたいな。