きのこのこの雑記帳

どきどき台湾留学2018.9.1~ 沖縄と民俗と言葉と本と

日記:8月17日 先生と会った

 

 

 久しぶりに日記が書きたい。大したことを書きたいわけではなく、ただ何かを書きたい、だから日記。

 7月の朝茶事とか、つくばの宿舎を退去した話とかを書く前に書こうって思うのは、今日のこと。今日のことを書きたくなったのは、高校の先生に会ったからだ。

 

 先生は国語の担当で、文芸部の顧問で、私の副担任だった。綺麗だし、知識も豊富で、高校の頃からずっと憧れている。私が帰省するたびに「沖縄でも自由に生きられるんだ」って思わせてくれる大人の一人だ。

 尊敬できる大人が居るって強い。私にはそれがたくさん居る。これは自慢できることである。

 

 高校の先生に会って、あの頃の色んなことを思い出してしまった。そのほとんどがつらかった話なんだけれども、自分でもびっくりすることに高校生を羨ましく思う瞬間もあった。何でだろうな。高校生の、守られてて、未来がいくらでも描ける、無限かのように思えたあの時間が恋しい。私の中では相当ボロボロになりながら、何とか卒業したつもりだったけれども、この時間が今となっては濃密な貴重な時間のように思える。まずい、記憶の美化が始まっている。

 

 これに関連してだけど私が高校時代のことを語ると、特に私がクラスメイトに「馬鹿にされてたよ」って言うと、大人は結構「そんなことないよ」って言う。客観的に見たらそうかもしれない。でも、あの時のしんどさは馬鹿にされてたという言葉が一番しっくりくる。私は学外での活動も熱心で、実績もあったし、結果的に「良い大学(笑)」に進学したことになるんだろうけれども、そしてそれは私の希望通りだったけれども、それでも圧倒的な劣等感を今も感じる。友達も居たどころか、通信簿には「誰とでも仲良くなれる」と書かれたくらいだったのに。

 私の一番近くに居た双子の弟や、クラスの友達、部活の友達は、私が馬鹿にされてることを気づいてた。そして、大概その子も馬鹿にされてるカテゴリーに居たから、一緒に人を見下したり、順列をつけたりするクラスメイトや校風を憎んでた。強烈な憎しみだった。別に誰かが率先してそういう空気を作っているわけではないから、社会が憎かったし、そうやって社会に馴染めない自分が憎かった。死ねば良いって毎日思ってた。そう、この感じだ。

 

 何だろうな、あの感覚。因みに、その言いようもないしんどさは豊島ミホがかなりうまく書いている。もう、本当にこれ!!という感じ。最終章の「あれ、大丈夫だ」という感覚まで共感が止まらない。軽いタッチで書かれている面白いエッセイなんだけれど、私はこれで数えきれないくらい泣いた。

 

底辺女子高生 (幻冬舎文庫)

底辺女子高生 (幻冬舎文庫)

 

 

 それでも、私には数少ないながらも友達がいたし、応援してくれる先生がいたし、自分の好きなものが明確だったから、卒業できた。当時から大人は「それならいいじゃん」って言ってた。卒業したら、大嫌いだった「みんな」(みんなの個人名がうまく上がらないところもポイントね)と会わなければいいしね、と。それはそうだ。でも、当時の自分にはこの言葉、絶対に響かなかったなって思う。

 

 高校の、あの息苦しさ。レールを外れることのこわさ。大学になったら、それはそれは色んな人がいるし、レールを外れることなんてこわくなくなった。でも、大人がいくらそういう話をしてくれたところで、高校生の私には「今」しか見えなかった。大人になったら気にならなくなることでも、あの時の私にはそれが生きるか死ぬかっていうくらい大切だった。あの高校は、私の存在を大きく揺さぶった、いい意味でも悪い意味でも。思春期のしんどさも、私自身の色んな問題も含めて、サバイブっていう言葉が身に染みるような三年間。今でも高校の友達とは、「苦しかったね、三年間」という話で盛り上がる。無理やり卒業しても、あの時の劣等感は今も私を蝕んでいる。身体的な意味でも、その三年間の代償は今も払わなくちゃならない部分もある。(その部分に関しても、後悔しないようにって声かけてくれてた先生もいて、また感謝なんだけれど)

 

 今日、今の母校の話を聞いたら、やっぱり苦しんでいる生徒が居るようだった。今の私が、あの頃の私に何を言っても響かなかっただろうなって思うけれど(ただ、先生からの言葉が大きく響いたことはなくても、胸のうちにたくさん積もって今ふいに気づけることはある)、ただ真っ只中の子には頑張って欲しいなって思う。

 

 でも、母校には素敵な先生も居るし、母校図書館の蔵書は最高だし(なんと『日本文学大系』がある)母校の裏の海は何でも受け止めてくれる。海の近くには美味しくて、たくさんサービスしてくれるてんぷら屋さん。しんどかった高校だけれども、その分豊かなものもたくさんあって。たくさん成長させてもらえたから、たくさん感謝もしている。

 

 先生は私が高校を卒業してからも、沖縄の素敵なところをたくさん教えてくれる。沖縄の美味しいお店、先生は何であんなに知っているのだろう。私のかなーりマニアックであろう場所に付き合ってくれる。

  これは宜野湾大名のターンム畑。きれい。

 宜野湾にこんな場所があったんだ!という感じ。沖縄の風景をたくさん目に焼き付けておくこと、肌感覚を知ること、これは私が民俗を専攻するうえでの強みになると思っている。

 

 

さらに宜野湾大謝名の土帝君、喜友名泉。

これらは、私の興味ド直球。こういうものを見て、その後ろにある沖縄の暮らしに耳を傾ける為には、やっぱりたくさん学ぶ必要があるんだよなって今日もまた思った。また思わせてもらった。それに文化を学んで、その先どうするかみたいな話もたくさんした。結論はいつだって見えないんだけれども、沖縄でこういう話ができる大人がいて良かった。

 

 先生は先生自身、書き手であって、発信者である(これは教師っていう職業もそうだけれども、それ以外の面でも)ということがまた刺激を受ける。沖縄文学の話もした。沖縄を語る。沖縄を悲壮感たっぷりに描かない。沖縄には文学が生まれる土壌がある。先生と話していると、私が沖縄でできることの多さ、可能性の豊かさみたいなものを感じる。凄い人なのに、おしゃべりな私がベラベラ喋っちゃって、あんまり話聞けなかったなあってあとで後悔することもいつものことなんだけれども。

 

 いつも私の中での結論は、自分の専門性にたどり着く。今の私は、民俗を専攻しているって言いながらも、そこに対する自信がない。今の私が沖縄に対して、何かできるように思えない。だから頑張るしかないんだ。頑張ろう。

 先生には、榕樹書林にも連れて行ってもらった。地震がきたら今すぐに圧死しそうなほど煩雑に積み上げられた本、喉がむずむずするくらいのホコリ。でもそんなのが気にならないくらいに楽しかった。

 買った本

・比嘉朝進(1991)『沖縄の信仰用語』風土記

・比嘉政夫(1982)『沖縄民俗学の方法 民間の祭りと村落構造』新泉社

窪徳忠(昭和56)『中国文化と南島』第一書房

・渡邊欣雄(昭和62)『沖縄の祭礼―東村民俗誌』第一書房

・渡邊直樹編(2016)『宗教と現代がわかる本2016』平凡社(聖地・沖縄・戦争特集)

多田治(2008)『沖縄イメージを旅する 柳田國男から移住ブームまで』中央公論社

 

 この夏で全部読み切れるかは分からないけれども、全部ぜんぶ自分のものにしたいところです。

 

 台湾に留学するまで、あと2週間くらい。あっという間なんだけれども、その中で自分の地元の民俗誌を書くという目標もある。夜先生と分かれてからは、祖父母宅で聞き取り。知らなかったことも含めていろんな発見もあったけれども、こちらに関していえば、やっぱり事前準備ができていなかったという反省。

『民俗調査ハンドブック』を参考に質問事項を作成していたけれども、やっぱりこちらは沖縄向けに読み替える必要があるな、という印象。それから、地図とか年表とか話を引き出せるようなモノも準備する必要があった。あまりにポンコツだったけれども、辛抱強く祖父母は付き合ってくれて、明後日には実際に地域を歩きながら話してくれることになった。楽しみ。

 

 明日は朝から動くぞ。留学までに日がないのに、やることが多すぎる。